中学校の怪事件14
✙ 1938(昭和13年)9月15日 木曜日 ✙
静まり返った講堂。
生徒会長・三宅貴士を中央にして佇むK2中学校の生徒たち、カーキー色の群れ。
その中には演劇部の黒石鑑や包帯姿の入院中の〈犠牲者〉たちの姿もあった。
始業前の校舎にただならぬ空気が満ち溢れている。
彼らの足元に横たわるのは――
「チワワ君……!」
一瞬、薔薇の花を撒いたのかと志儀は錯覚した。
若葉の華奢な体の周りに零れる真紅の花弁……
いや、違う! あれは……
あれは、血?
「嘘だっ!」
駆け寄った志儀が見たもの、それは若葉の胸に突き刺さったナイフの柄。
花弁なんかじゃない。真紅の血の中に倒れている大切な助手・内輪若葉。
「うそだあああ!」
「落ち着きたまえ、フシギ君――」
探偵の腕を振り放って駆け寄ると志儀は若葉を抱きかかえた。
「チワワ!?」
こんなことが、こんなことがあるものだろうか?
こんな結末……
「その通り! これは最悪の結末だ!」
志儀に代わって生徒会長・三宅貴士が叫んだ。
「君は〈謎の襲撃者〉の正体を解明できなかった! のみならず、こうして――遂に殺人まで許してしまった……!」
容赦なく三宅は大声で志儀を詰った。
「もはやどんな言い逃れも出来ないぞ! 君は探偵失格だ! 最低の探偵だ!」
「その通りです」
志儀は肯定した。
僕は何をやってたんだ?
思えば、昨日、君の身が危ないと、死相が出ていると、南京町でシナの占い師に警告を受けたのに。
僕は聞き流してしまった。〈謎の襲撃者〉の正体に行き着いた自分の推理に酔って他の事には気が回らなかったせいだ。
そして?
昨夜、興梠さんは僕の身を守ると宣言してくれた。
探偵にとって助手はかけがえの無い存在だから。
興梠さんのその言葉を聞いて僕はどんなに嬉しかったことか!
ホームズだって常にワトスンのことを案じ続けた。
それなのに僕は――
僕は自分の助手を守れなかった!
逆に言えば探偵には助手の命を守る責任がある。
常に助手の身の安全に気を配るのは探偵の使命なのだ!
「ゴメン、チワワ君……!」
腕に掻き抱いて泣き崩れる志儀。
若葉の体はまだ温かった。今にも目蓋を開けてあの円らな瞳で囁きかけてきそうだ。
―― 君と一緒にいて、短い間だったけど幸せだったよ……
昨夜、枕辺に立ったあの姿。あれは最期の挨拶をしに来てくれたのか?
「本当に、ゴメン。ゴメンよ、チワワ――」
その時だ。鮮血の中置かれている小さな紙片が志儀の目に飛び込んで来た。
「?」
襲撃者が必ず犠牲者の傍らへ残して行った例の紙片。
今回は獣――犬の絵だ。
虚ろな目で志儀はそれを見つめた。
出来すぎだ。内輪若葉君には犬の絵……
「待てよ?」
犬だって?
まさか……
振り絞るような声で、友を膝に抱いたまま志儀は探偵を振り返った。
「興梠さん、あのスクラップブック持ってる?」
「勿論さ」
探偵に抜かりは無い。即座に差し出されたスクラップブック。
「興梠さん、ページを繰って!」
「いいとも。どこが見たいんだい?」
「まず、全ての現場写真と残されていた紙片をお願い!」
探偵が開いてくれたそれらを確認すると更に志儀は懇願した。
「次は、6番目の犠牲者、副会長・錦織敬輔さんが握っていた書きかけの修学旅行の原稿……」
「OK、これだね?」
「――」
志儀は暫く動かなかった。
やがて――
志儀の肩が揺れた。
泣いている? それとも笑っている? その両方。
「ほんと、僕は大馬鹿だ! 今更、全てもう遅過ぎるけど――」
そっと友の髪を撫でると志儀は言った。
「ああ、でも、君は知りたがっていたから。僕は最後まで言うよ。聞いてててくれるかい、チワワ君? ここで、僕の1番近くで?」
志儀が囁くと若葉は微笑んだように見えた。
「ふん、今更、何を言おうというんだ、海府君?」
生徒会長・三宅貴士が吐き捨てた。一筋、額に掛かった髪を掻き揚げて笑う。
「全て遅きに失したよ」
「そうかも知れない。でも、『依頼された仕事は途中で投げ出すな。どんなことがあっても最後まで責任持ってやりとげろ。』これが我が興梠探偵社のモットーだから」
志儀は顔を上げると涙に濡れたままの瞳を生徒会長に向けた。
「昨日、約束したとおり、僕はこの場で、我がK2中生を震撼させた連続襲撃者の正体を発表します!」
K2中学校の公認探偵・海府志儀は友を抱いていた腕の片方をそっと引き抜くと、そのまま真直ぐに伸ばした。
講堂に群れなすK2中学生。
その中の唯一人にピタリと照準を合わせる。
志儀は叫んだ。
「7人ものK2中学生を襲った真犯人は……貴方だ!」
✟ ビシッ! 「犯人は貴方だ!」✟
昭和少年読み物風挿絵で。




