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中学校の怪事件13

興梠(こおろぎ)探偵社へようこそ!」

 

 志儀(しぎ)の予想通り探偵はそう言ってビューローから振り返った。

 そんな探偵に助手は厳かな口調で切り出した。

「何にも言わないで、僕の言うことを最後まで聞いて、興梠さん」

 志儀はスクラップブックを差し出した。

「これが、貴方に言われて解りやすく僕が纏めた今回の案件だよ。現場写真と傍に残されていた紙片を襲撃事件の起きた順番に貼ってある。別に一枚、今の時点で解っていることを整理して一覧表にしてみた。どう?」

「ふむ? 中々よくできてる!」


   挿絵(By みてみん)




 

「おや? ここには前回までの資料にはなかった新しい情報が幾つか追加されているね?」

「気づいた? 実は、さっき、帰り道で助手のチワワ君から聞き出したんだ」

 ちょっと顔を赤らめる志儀。

「まあ、付け加えた箇所はさほど大したものじゃないけど。誰もが知ってて当然のことだから。三宅(みやけ)さんと錦織(にしごり)さん――生徒会長と副会長の所属部についてきちんと記入しただけさ」

 照れくさそうに志儀は癖毛の髪を掻き揚げた。

「チワワ君が言うには錦織さんも合奏部なんだってさ! でも、腕前はヘタクソで控えの奏者だそう。だから、生徒会では副会長なのに部活ではペーペーの平部員さ。まあ、今更こんな些細なこと、必要ないだろうけど――」

「いや、これは君が思っている以上に重大な意味を持つかも知れない。どんな情報も疎かにしてはいけないよ、フシギ君。些細で必要ないと思っていたことが、時に思いがけない真実への鍵となる場合がある……」

 渡された一覧表の隅々まで丹念に目を走らせる探偵。

 その姿を眺めながら、息を吸って吐いて、満を持して志儀は告げた。

「ねえ、興梠さん、僕は中学校で起こっている謎の襲撃事件の真犯人を割り出したよ! 今夜ここへやって来たのは、最後の、決定的な確証を得るためなんだ」

「にやおおお」

 いつからそこにいたのか、窓の桟に座っていた黒猫が鳴き声を上げる。

『やるじゃないか!』と志儀には聞こえた。

 黒猫の賞賛に頷き返してから、志儀は一気に言った。

「興梠さん、力を貸してとは言わない。ただ見守っていて欲しい。正直に告白するけれど、今夜、僕がここを選んだのは――やはりここが1番安心する場所だからだよ」

「光栄だよ、フシギ君」

 ああ! この名を聞くのは何日ぶりだろう! 

 やはりこうでなくっちゃ! こう呼ばれるだけで僕は奮い立つ。勇気をもらえる。

「君の考えている事は僕にもわかる。僕も探偵だからね。まあ、限りなくアマチュア(・・・・・)に近いにせよ(・・・・・・)?」

 いつかの助手の毒舌をそのまま繰り返して探偵は悪戯っぽく片目を瞑って見せた。

「そして、これだけは言っておこう。今夜、何が起ころうと、安心したまえ。君の身は僕が守ってやるよ」

 嬉しくて、つい志儀は言ってしまった。

「そこまでは期待してないよ、興梠さん。貴方が非力だって知ってるから。貴方は精神的支柱が関の山だ!」

「――」

 でも、とにかく、こうして、

 その夜、志儀は興梠探偵社に投宿することとなった。

 昼間、依頼人が座るチェスターフィールド調の黒革のソファをベッド代わりに、探偵が渡してくれた毛布に包まって横になる。

 とはいえ眠るつもりはなかった。

 一晩中起きていて、自分が推理したとおりのことが起こるのをひたすら待つのだ。

 もし〈謎の襲撃者〉の正体が自分の推測どおりの人物なら、今夜、間違いなくそいつはここへやって来る。

 僕の元へ。

 僕を襲うために。真実を知った僕を葬り去るために。

 今度ばかりは怪我ではすまないかも知れない。襲撃者は口封じのために命まで奪おうとするかも知れない。

 

 ―― 君の身は僕が守ってやるよ。


 勿論、僕だってそう易々と襲撃者の手にかかるつもりはない。

 逆に捕まえてやろうと思っている。襲撃者の正体の名を公表するのを1日伸ばしたのはそのためだった。

 志儀はK2中を震撼させた〈謎の襲撃者〉を自分で取り押さえようと決心したのだ。

 それだけではない。

 罪は罪として、間違った行いに走った理由を直接訊いてみたい。

 何より、志儀は信じている。襲撃者を捕らえることは、襲撃者自身を救うことになる、と。

 これ以上、罪を重ねさせるべきではないのだ!

 それ故、自分の身を賭して――自分自身を囮にして真犯人を誘き寄せる計画だった。

 そんな危険な夜に、近くに探偵が寝ている、その事実だけで心強かった。それで満足で、それ以上は求めなかったのに。

 けれど、探偵は言ってくれた。


 ―― 君の身は僕が守ってやるよ。


 ありがとう、興梠さん!

 僕、貴方のこと、大好きだよ。貴方の助手であることを心の底から誇りに思っている。ほら、ワトスンがそうだったようにね。

 ワトスンはホームズのためなら、いつだって命を落とす覚悟だった。どんな事件のどんな場面でも影のように1番近くに寄り添っていた。

 助手はそうでなくっちゃあ。

 でも、僕は知っている。ホームズもまた、日頃は口に出さなかったけれどワトスンをどれほど必要としていたか。探偵にとって助手はかけがえのない存在なのだ!

 ワトスンが銃弾に倒れた時、後にも先にも、1度だけ、ホームズは叫んだ。

 真実の思いを吐露したのだ。

『死ぬな、ワトスン!』

 それに匹敵する言葉だったな?

 僕、一生忘れないよ。この先、僕たちにどんな運命が待っていようと、僕は今日の貴方の言葉を胸に刻んで生きていくつもりだ。

 ありがとう、興梠さん。


 ―― 君の身は僕が守ってやるよ。

 

 そう、


 ―― 助手(きみ)の身は探偵(ぼく)が守る……!





「?」


 眠らないつもりだったのに、いつの間にか眠ってしまっていた?

 夜半、不思議な気配を感じて志儀は目を開けた。

 窓が開いている。

 誰が開けたのだろう? 

 風に揺れるカーテン。隙間から皓皓(こうこう)と月の光が射し込んで、そのせいで余計に室内は真っ暗だ。

 暗闇の中、ソファの横に立っている影。


「え?」

 

 刹那、志儀は硬直した。

 予想した人物と違う人が立っていたから。

 思わず志儀は声を上げた。


「ど、どうしたのさ? 君? 君が(・・)、何で今時分、ここに(・・・)いるんだ?」

 

 それともこれは夢だろうか? 僕は夢を見ている? 

 或いは、またしても幻……?


「チワワ君?」

 

 名を呼ばれて内輪若葉(うちわわかば)は悲しそうに微笑んだ。

「これだけはどうしても伝えたくて。志儀君。短い間だったけど、僕、君の助手をやれて楽しかった。凄く、幸福だったよ……!」

「チワワ君――」

 手を伸ばす志儀。だが若葉はクルリと身を翻した。


「サヨナラ」

「待てよ! チワワ!」

 

 その声に目を覚ます。

 気づくと毛布の縁を握り締めてソファに横たわっていた。

 探偵社の ステンドグラスに煌めく朝の光。

 既に夜は明けていた。

 では、昨夜は誰も来なかったのだ。襲撃者はここを訪れなかった?

 

 ジリリリリリ……

 

 思考を切り裂く鋭いベルの音。電話だ。

 固まったままの志儀に変わって事務所に飛び込んで来た探偵がすばやく受話器を取った。

「はい、興梠探偵社です。え? 何ですって? はい、はい」

 ガウンの前を合わせながら頷く興梠響(こおろぎひびき)

「了解しました。海府志儀(かいふしぎ)君を連れて、直ちにそちらへ向かいます」

「興梠さん?」

 電話を切った。

「すぐ用意をしなさい、フシギ君。K2中まで僕が車で送って行くから」

「何なの、興梠さん? こんなに朝早くから」

「K2中の講堂で生徒が襲われたそうだ。第7番目の犠牲者だ」

「……誰? 僕の知っている生徒?」

 何故、僕の声はこんなに震えるのだろう?

 探偵は助手に事実だけを短く伝えた。

「内輪若葉君だそうだよ」

「!」





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