中学校の怪事件8
若葉を送り届けた後、実家に帰った志儀はスクラップブックに〈謎の襲撃者〉に襲われた5人の犠牲者の現場写真と置かれていた紙片を順番通りに貼った。
氏名・学年・所属部等、個人の情報も記入する。
こうすれば一目瞭然だ。違う部分、或いは同じ部分を見比べやすい。
夜遅くまで志儀はスクラップブックを見つめていた。
奥の深い事件。
巧妙に塗り重ねられた真相。
学校行事。
丘の上の探偵社で聞いた探偵の言葉が頭の中で遠雷のように木霊している。
そして――
―― 今回、僕に出来るのは健闘を祈ることだけだ。
何故? 興梠さんはあんなことを言ったのだろう?
その言葉を呟いた時の探偵の悲しそうな瞳……
✙ 1938(昭和13年)9月14日 水曜日 ✙
翌日。普段通り登校した中学校。
昼食の時間を告げる鐘が鳴るや、志儀は大急ぎで4年Ⅲ組の若葉の教室へ向かった。
昼休みを有効に使って一緒に毛利医院へ赴き、5番目の犠牲者・酒井冬馬から襲われた際の詳細を訊こうと思ったのだ。
だが――
ちょうど4限目が体育だった若葉のクラスは閑散としていた。
「内輪? まだ戻って来てないみたいだな。ほら、あそこが彼の席だけど――」
級友に指差されて視線を向けたその机の上に置かれている浅葱色の風呂敷包み。
(お弁当……か?)
千羽子さんの心尽くしのお弁当。その大きさときたら……!
花見の重箱並みじゃないか。
きっと、あの絶品の厚焼き玉子も入っているんだろうな?
「おい、海府? 待たないでいいのか? 内輪ならじきに戻って来るはずだぞ」
「いや、いいよ」
気が変わった。
若葉にはゆっくりと昼食を味あわせたい。自分の、女中頭の清がつめてくれる弁当とはわけが違うのだから。
「じゃ、伝言は?」
「それもいい」
志儀は身を翻して駆け出した。
こうして志儀一人でやって来た毛利医院だった。
既に一度訪れている二階の南向きの6人部屋。その扉の前で思わず志儀の足が止まる。
「!」
病室の戸は薄く開いていた。
どのベッドも空っぽだ。いや、違う。唯一つ、窓辺の左端、そこにだけ人が横臥している。
呼吸を止めて志儀は見入った。
包帯を巻いて顔を天井に向けたままピクリとも動かない第1犠牲者・毛利天優。
そして、その前に佇むのは生徒会長・三宅貴士ではないか……!
貴士は、唯黙って、眠り続ける同級生を見下ろしていた。
「――――」
何だよ、これ?
志儀は自分の心臓がギュッと掴まれたような気がした。
見てはいけないものを見てしまった……罪悪感?
足音を立てないようにして、志儀はドアの前を離れた。
階段を駆け下りる。だが、途中で思い直した。
(待てよ! 何故、僕がコソコソと逃げる必要がある?)
真昼の陽射しにキラキラ煌く薔薇窓。足下にばら蒔かれた宝石の破片のようなそれらを見つめて声に出して言った。
「きっと生徒会長は僕同様、昼休みを利用してお見舞いに来ただけだ。それの何処が変なんだ? あんなのはいつでも、何処にでもある光景じゃないか!」
「あら、K2中学の生徒さん?」
ちょうどシーツを抱えて階段を上がって来た看護師に声を掛けられた。
「うわっ、たっ」
「お友達のお見舞いですか?」
吃驚して戸惑う志儀に若い看護師は明るく笑って教えてくれた。
「それなら、一階の西棟にある食堂へどうぞ。動ける入院患者さんたちは全員、食堂でお昼御飯を食べていらっしゃいます」
「あ、そうなんだ!」
だから、病室は空っぽだったんだ。
「生徒会長は――三宅さんはよくお見舞いに来るんですか?」
振り返って志儀が訊いた時にはもう看護師は階段を駆け上がっていた。
「……」
なんだか、さっき見たアレは幻――幻影だったような気がする。
包帯姿で眠り続ける毛利も、見下ろしている貴士も、発光した光に包まれてこの世のものではないように見えた。
とはいえ、もう一度階段を昇って病室を覗く勇気がどうしても志儀には湧いてこなかった。
やはり、チワワ君も連れて来るべきだった!
こんな時、助手と二人ならいとも容易に病室へ舞い戻って確認出来たろうに。
「後ろからいきなり襲われたんだ。だから、何も憶えていないんだよ」
食堂で、第5番目の犠牲者となった5年生、吹奏楽部副部長・酒井冬馬は志儀の問いに答えて、言った。
「いやはや、面目ない」
とはいえ、昨日襲われた痛々しい包帯姿ながら、皆と一緒に食堂で昼食を摂れるほど回復していた。
「それでなくとも、演奏中は、僕は、もうそれだけに集中して周りが見えなくなるからね。そっと背後に忍び寄って来た〈謎の襲撃者〉の気配すら全く感じなかった……」
「そうですか」
他の犠牲者達とは違い、朝の明るい陽の中で襲われた酒井冬馬なら、多少なりとも襲撃者の顔貌、体格等、目撃したのでは? と期待した志儀だったが。見事に予想は裏切られた。
体の上に置かれていた絵柄の〈獅子〉についても何の心当たりもないそうだ。
こうして、志儀がわざわざ昼休みを潰して訪れた毛利医院だったが、収穫はゼロだった。
「学校行事……学校行事……巧妙に塗り込められた学校行事……」
学校へと舞い戻った志儀。
急いだつもりだが既に予鈴が鳴った後で校舎は森閑としていた。
近道をして、普段通らない旧校舎の廊下を足早に歩きながら、その間も、呪文のように探偵の言葉を呟き続ける。
結局、襲われた当人達も何もわからないのだ。ここはやはり手元にある資料から推理していく以外〈謎の襲撃者〉に辿り着ける道はない。そして、キイワードは――
「学校行事かぁ……」
これこそ、今回、探偵が自分に授けてくれた希少な助言なのだ。
続けて、探偵は何と言った?
――― 君は現場写真にもっと注意を払う必要がある。
現場写真なら、もう幾度となく見ている。けれど、見逃したモノはないだろうか?
志儀は、昨夜スクラップブックに纏めた写真を一枚一枚思い起こしながら疑問を再検討してみた。
犠牲者たち、それぞれに置かれていた紙片の、絵柄の意味は何だ?
コレは全くわからない。歯が立たないから、パス!
じゃ、犠牲者の詳細を整理して考えてみよう。
部長が3人で副部長が1人、平部員が1人。
部はみんな違っている。でも、全部、文化部だな? 体育会系はいない。
待てよ? 文化部……?
そして、興梠さんが言った〈学校行事〉……?
電撃のように志儀の脳内で何かが弾けた。
(映っているものと映っていないものって、つまり、このことか?)
全ての写真に映っているのは〈文化部〉。
で、映っていないのは〈体育部〉。
文化部が主役の〈学校行事〉って……
「うわ!?」
その時だった。背後からいきなり口を塞がれる。
そのまま暗がりへ連れ込まれた――
★ 毛利医院での〝覗き見〟
志儀が見たものは一体……




