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中学校の怪事件7


「凄いな! ここが? 君が助手を務める本物の(・・・)探偵事務所か?」


 停車したタクシーから先に友を下ろし、料金を払った後、降り立った志儀(しぎ)

 豪奢な洋館を見上げて頷いた。

興梠(こおろぎ)探偵社へようこそ!」

 

 その日の放課後、探偵の助言を仰ぐべくやって来た2人。

 本当は、志儀は一人で来るつもりだったのだが若葉(わかば)がくっついて離れようとしないのだ。

 実際今日1日、学校内でも、何処へ行くにも若葉が付いて来た。助手とは、時にかなり厄介な、煩わしい存在だということを悟った志儀だった。

「欧州の森に隠された小さなお城みたいだ! うん、ここなら、いかにも探偵が住んでいそうだな!」

「さあ、こっちだ」

 玄関を入ったとたん、若葉が悲鳴を上げた。

「黒猫がいる!」

「ノアローだよ」

 階段の途中から見下ろしている猫を志儀は手招きした。

「おいで、ノアロー! 昨日はちゃんと餌を貰ったかい?」

 だが、ノアローは身を翻すと走り去った。

「どうしたんだろう? ははあ!」

 若葉を振り返ってウィンクする。

「やっぱりな! あいつ、犬は苦手と見える、チワワ(・・・)君?」

「よ、よしてよ」

「フシギ君かい?」

 黒猫と入れ違いに階段の上から探偵が顔を覗かせた。



「昨日は来れなくてごめんなさい。とはいえ、どうせ、依頼人なんて来なかっただろうけど」

 相変わらずの助手の毒舌を探偵は無視した。

「で? 今日は君が依頼人を連れて来てくれたというわけかい、フシギ君?」

「と言うか、今日は僕自身が依頼人みたいなもんだ」

「へえ?」


 

「こちら、同級生の内輪若葉(うちわわかば)君。今回、僕の助手を務めてくれてるんだ」

「は、初めまして。どうぞよろしくお願いします」

 若葉を紹介した後で、テーブルに取り出した資料――例の大学ノート、マニラ封筒に入った現場写真と犠牲者たちの上に残されていた謎の紙片――に探偵が目を通している間に、慣れた様子で志儀は紅茶を入れてきた。

 何と言っても、ここ興梠探偵社の助手は自分なのだから!

 一方、緊張した面持ちでチョコンと黒皮のソファに腰掛けている内輪若葉。

 そんな彼を横目で見ながら志儀は笑いを噛み殺す。

(やあ! ほんとにチワワみたいだな?)


「うーむ……これは中々剣呑(けんのん)だな?」

「どう、興梠さん? 何かわかった?」

「ああ。君は気づかないのか? これはひょっとして――」

 探偵は座りなおすと、絵柄の記された紙片を指差した。

「まず、こちらから紐解いてみよう。この犠牲者に置かれていたという紙片だが――どれも明らかにタッチが違う」

「もう! これだから!」

 志儀は露骨に鼻を鳴らした。

「いかにも興梠さんらしいや! 絵柄のタッチなんて、そんなどうでもいいことより、もっと肝心な――絵の意味していることについて考察してよ」

 ガチャン。

「アッ!」

 ここで若葉の叫び声。

 膝に紅茶茶碗をひっくり返してしまった――

「つっ!」

「チワワ! 大丈夫か!」

「君?」

「す、すみません。つい、手が滑って――ごめんなさい……」

 すばやくハンカチを差し出す探偵に首を振って、自分のハンカチで零れた紅茶を拭き取りながら若葉は詫びた。

「僕は大丈夫です。すみません、なんか、緊張して……だって、本物の探偵に会うの初めてで……僕……」

「ハハハ、落ち着けよ、チワワ君。興梠さんは、探偵とは言っても限りなくアマチュアに近いんだから、そんなに硬くなる必要はないさ」

「フシギ君。君は黙っていたまえ」

 例のごとく探偵は助手を(たしな)めた。

「それより、早く、新しい紅茶を持って来てやりなさい。こちらの――チワワ君に」

「内輪です」

「失敬、内輪君に」

「わかったよ、了解!」

 盆を持って部屋を出て行く志儀。再び資料に目を戻した探偵の鼻先に白い封書が差し出された。

「?」

「これをお読みください! 生徒会長から預かってきた手紙です」

 くぐもった声で口早に若葉が言う。

「お願いです! 海府(かいふ)君が戻る前に!」

「君?」 

 探偵は眉間に皺を寄せた。

「では、わざとか? わざと紅茶を零したな? フシギ君を遠ざけるために?」

「いいから、早く読んで!」


《 親愛なる探偵様

  今回の我等がK2中学校内で起きた襲撃事件に纏わる一連の謎について、

  貴方が言及されることはお控え願います。

  貴方は一切関わりを持たないよう。

  これは外部の人間の介入が許されない、

  我々K2中学生だけの〈封印された秘密〉なのだから。

  貴方に参加する資格はありません。

  ――以上、ご理解いただけるよう希望します。 》


「なんてこった……! 僕に……手を引けと言うのか?」

 興梠は大息をついた。

「もし、僕が強引に関わったら? フシギ君に少しでも助言を与えたら……どうなるんだ?」

「それは手紙(そこ)に記してある通りです。〝海府志儀君の身に何が起こっても保証の限りではありません〟――」

「わかってるのか? これは脅迫だぞ?」

「あなたこそ、もうおわかりのはず。 既に、この室内にいるのは僕たちだけ(・・・・・)ではありません。僕たちはとっくに取り巻かれている(・・・・・・・・)

 若葉はそう言って探偵社の事務所の一画を指差した。

 膨らんだカーテン……その後には……

 

「――」

 

(これはいつの間に? やられた……!)

「どうりで、猫が逃げ出すはずだ。今日ばかりは僕を嫌ってと言うわけではなかったんだな?」

 興梠は椅子に深く身を落とすと両手で顔を覆った。

 ややあって、観念したように呟いた。

「わかった。降参だ。こうまで緻密に練り上げられ、仕組まれた以上……もはや、僕にはどうすることも出来ない。悪足掻きはしない。君たちに従おう……」

「では、誓ってください。はっきりと貴方のその口(・・・)で、言葉として残してください」

「そこまでしなければならないのか?」

「海部君のことが大切なら」

 顔を上げて、カーテンの奥を睨んで探偵は言った。

「『僕は手を引く。助手である海府志儀(かいふしぎ)の命がかかっている以上仕方がない。』

 さあ、言ったぞ、これで満足か?」

「完璧です!」

 若葉は笑った。探偵社を訪れて初めてみせる笑顔だ。

「生徒会長が喜びます。それに――」

 頬を染めて小声で付け加える

「素敵でした。あの、貴方、探偵よりシネマの役者が似合ってるかも」

(これだから――)

 探偵は歯噛みした。

 この年頃の少年は嫌いだ。俺は中学生は大嫌いだ!

 



 志儀が新しいカップに紅茶を入れて戻って来た時、テーブルの上は整然と片付けられて、ノートも白い封筒も見当たらなかった。

「フシギ君、内輪君が帰るそうだから、君、一緒に家まで送ってやりなさい。ここは街中からは遠いし、初めての訪問者には帰り道が分わかりづらい。無用心だからね」

 日暮れが早くなっているから途中何かあっては心配だと探偵は言った。

「えええ? 僕、今日はここに泊まるつもりだったのに! 例のK2中で起きている〈謎の襲撃者〉の正体について、興梠さんと一緒にとことん推理しようと思ってたんだ」

 不満を顔に出す探偵社の助手。

「興梠さんだって、さっき、何か謎がわかった風なこと言ってたじゃないか! 教えてよ、5人の犠牲者の現場写真から一体何を読み取ったの? 紙片の絵柄から気がついたことって何?」

「いや、あれは――」

 探偵は視線を逸らせた。

「勘違いだった」

「え?」

「さあ! タクシーを呼んだから、2人とも帰りたまえ。僕は忙しいんだ」

「忙しいはずないだろ? 依頼なんて一つもないくせに! 一体、急にどうしたんだ? 僕が何か、貴方の気を悪くするような――失礼なことでも言った?」

 探偵の硬い表情が一瞬崩れた。言葉とは裏腹の優しい微笑が煌めく。

いつだって(・・・・・)……君は失礼なことしか言っていないさ、フシギ君」

 押し出すようにして事務所から出される。

「興梠さん!?」

「帰ろう、志儀君。また日を改めて出直せばいいさ。きっと、本当に、探偵は今日は忙しいんだよ」

 若葉に宥められて階段を降りる志儀だった。

 玄関扉の前に黒猫が座っていた。

「ノアロー?」

 志儀は飛びついて抱き上げた。

「忘れてた! 先に行っててくれ、チワワ君。僕、この猫に餌をやってくる。それが僕の仕事なんだ。探偵はこの猫に嫌われてるから近づけないんだよ」

「しかし、志儀君、もう門前にタクシーが来てるよ?」

「すぐ済むから」

 猫を胸に抱いて志儀は階段を駆け上がった。

 元医院だったこの邸の住居用の台所は2階にある。

 その市松模様のリノリウムの床に置かれた、バラの描かれたカルベール焼きのファイアンスの皿にこんもりと好物のおかかご飯を入れた。


「……くれぐれも気をつけたまえ、フシギ君」


 いつの間にか背後に探偵が立っていた。

「!」

「今回の事件は相当に奥が深い。真相は幾層にも塗り固められて巧妙に隠されている。そして、君は気づかぬうちにこの奇妙な物語の主人公にされているのだ」

「どういう意味、興梠さん?」

「僕が君に言えるのはそれだけだ。あとは、そう、〈学校行事〉。つまり、事件現場の写真が示唆しているモノにもっと注意を払いたまえ」

 探偵は繰り返した。

「事件現場の写真をもっとじっくりと注意して見たまえ。いいかい? 

 映っているもの(・・・・・・・)映っていないもの(・・・・・・・・)、その両方に注意を払うべきだ」

「それがヒントなの?」

 探偵はさっと頷いた。

「行きたまえ。健闘を祈っているよ。今回ばかりは僕に出来るのはそれだけだから……」


 にやおおーん……




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