中学校の怪事件6
✙ 1938(昭和13年)9月13日 火曜日 ✙
「今度の犠牲者はブラスバンド部副部長・酒井冬馬だ。彼のフルートには定評がある」
K2中学公認の探偵・海府志儀とその助手・内輪若葉を前に生徒会長・三宅貴士は苦渋に満ちた顔で説明した。
「襲撃場所は音楽室。但し、襲撃時間は今までとは違っていた。酒井冬馬は〈謎の襲撃者〉を警戒して、夜の校舎に居残るのは避けた。その代わり、早朝練習をしようと登校して――襲われた。続いて登校してきた朝練仲間の部員が見つけて大騒ぎになった」
「容態はどうなんです?」
急き込んで質す志儀。
「幸い意識はハッキリしている。即刻、毛利医院へ送り届けたよ」
副会長の錦織と生徒会役員数名が付き添ってタクシーで運んだと生徒会長は言う。あくまでも学校側へは〈不慮の事故〉だと、虚偽の報告をした。秘密を貫いているのだ。
「三宅さん、できました!」
ここで生徒会室の扉を荒々しく開けて腕まくりした生徒が駆け込んで来た。
「ご苦労」
受け取ったそれを一瞥すると貴士はすぐに志儀へ手渡した。
「見たまえ。写真部員が即効で焼いてくれた現場写真だよ」
「――」
またしても繰り返された凶行。
朝陽の中、鮮血を迸らせて倒れているK2中生の姿。そして――
「!」
第5犠牲者の体の上には小さな紙片が乗っている。
「これ……」
「実物はこれだ」
生徒会長はテーブルを滑らせて志儀と若葉へその紙片を渡した。
「……ライオン?」
「でなきゃ獅子?」
「いずれにせよ」
三宅貴士は頷きながら言った。
「こうなると――これら紙片に描かれた絵柄は明らかに犯人からのメッセージだ。どうだ、その意味するところを読み取れたかい、海府君?」
志儀は膝の上で拳をギュッと握った。
「いえ、残念ながら……まだです」
「全ては君の肩にかかっている。わかっていると思うが、頼んだよ、海部君?」
生徒会長は額に落ちた一筋の髪を払いのけて念押しした。
「出来るだけ早く〈謎の襲撃者〉の正体を暴いてくれ!」
始業のベルが鳴り響く中、階段を下りて4年生の教室へ向かう探偵と助手――志儀と若葉だった。
「いけない!」
踊り場で突然、若葉が足を止めた。
「僕、生徒会室に忘れ物をしちゃった。取って来るから、志儀君、どうぞ先に行っててくれ」
どうせ若葉とはクラスが違う。
志儀は片手を挙げて了解するとさっさと一人、階段を下りて行った。
それを確認してから、踵を返して若葉は駆け出した。
生徒会室、摺りガラスの金字の文字が揺れる。
そっと扉を擦り抜ける内輪若葉。
衝立の向こうに回りこむ。
「貴士さん!」
ぼんやり窓の外を眺めていた生徒会長がゆっくり振り返った。
「どうした、若葉?」
「お話があります」
警戒するように左右、背後、隈なく見回して確認してから、
「今は大丈夫ですよね? 誰も、いませんよね? 僕たち以外?」
「他人には聞かれたくない話か?」
頷く若葉。
「そうです。海府君のことで――」
生徒会長は微苦笑した。美しい憂愁。
「ははあ? さてはもう海府の毒舌に耐えられなくなったな? しっかりしたまえ。それが君の今回の役回りなんだから、多少のことは我慢しろ」
「そ、そうじゃありません! むしろ、海府君はいい子です。昨日1日一緒に過ごしてよくわかりました。だから、僕……僕……」
「?」
一旦言葉を切って息を吐く。美少年の吐息が笛のようになった。
「ねえ、貴士さん? 海府君にも真実を話しませんか? きちんと全てを明かした後で……その上で協力してもらうべきでは? 僕、これ以上、海府君を騙し続けるのが辛くなりました」
「おまえは心が優しいからなあ」
貴士の逞しい腕が伸びて若葉の肩に置かれた。
「今更だが、俺はおまえを信頼している。おまえは頼れる人間だ」
「あ」
「今回おまえの役回りがどんなに重要か、俺は知っている。引き受けてくれたおまえに心から感謝しているよ。この通りだ」
「貴士さん……」
あの気位の高い生徒会長が頭を下げるとは。
しかも、僕なんかに?
「辛いだろうが、どうか、最後まで俺に力を貸してくれ、若葉」
そうまでされては……!
雷に撃たれたように少年の心が感動で痺れた。
「わ、わかりました。僕、頑張ります」
「そうか。安心したよ。おっと、おまえが戻って来てくれてよかった! これを渡し忘れていた――」
貴士は白い封筒を少年の胸に押し付けた。
「この後の段取りは分かっているよな? くれぐれもシナリオ通りにやってくれよ、若葉? もう二度とこういった予定外の行動はなしだぞ」
何事もなかったかのように体を離すと生徒会長は言った。その目はまた茫洋と窓の外を泳いでいる。
「君だって見張られているのだから、ソレを忘れるな。一瞬たりとも注意を怠るなよ?」
少年は力強く頷いた。
「わ、わかりました。僕……がんばります! 弱音を吐いてすみませんでした! 全力で貴方の期待に答えて見せます!」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「この命に代えても……」




