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中学校の怪事件1

✙ ここに記されている中学校とは旧制中学校のことです。

   第2次大戦後の学制改革まで存在しました。

   1年生~5年生まで。

   4年生が16歳で現代の高校1年、5年生が17歳で高校2年に当たります。

  



   挿絵(By みてみん)






  ✙ 1938(昭和13年)9月12日 月曜日 ✙




海府(かいふ)、話がある。ちょっといいかい?」

「え?」

 鞄を肩に教室を出ようとしていた海府志儀(かいふしぎ)は眉を(ひそ)めた。

「僕は急いでるんだけど? 放課後行くところがあるから」

「おまえはいつもそうだよな? 例の――探偵社とやらだろ?」

 行く手を(ふさ)ぐようにして立った級友(クラスメイト)たち。

 その問いに誇らしげに志儀は胸を反らせた。

「うん。これでも僕は一応、探偵助手だからね。僕がいないと探偵が困るんだよ」

「それだよ! 君ときたら学校のことに無関心すぎる!」

 ズイッッと身を寄せる一人。もう一人が反対側に回りこんだ。

「たまには学校行事――学生活動にも参加するべきだ!」

「その通りだ!」

「君は、その胡散臭い探偵なんとかの助手である前に我等がK2中学の生徒なんだからな!」

「?」

 気づくと周囲を大勢の級友たちに取り囲まれている。

 中でも上背のある2人(篭球部と庭球部)に左右の腕をガッシと掴まれた。

「それに――今回はおまえの、その〈探偵助手〉という肩書きが役に立つ絶好の機会かもしれない」

「ちょ、ちょっと待てよ! おい?」

 廊下を力づくで引き摺られながら志儀は訊いた。

「僕の〈探偵助手〉って立場が役立つって、どういうこと?」

 右の腕を持つ篭球部員がやや声を落として言う。

「……この1週間の間に4人のK2中生が、よりによって校内で、正体不明の奴に襲われたことを知ってるか?」

「いや」

「これだものな!」

 周りを固めた級友たちが一斉に非難の声を上げる。

「やっぱり、何も知らなかったのか?」

「あれほど学校内で話題になっているのに!」

「もう少し、校内の出来事に目を向けろよ!」


「騒がしいぞ!」

 

 廊下の突き当たり、曇りガラスに金字で〈生徒会室〉と書かれたドアが開いて丸縁眼鏡の上級生が顔を出した。即座に姿勢を正して叫ぶ級友たち。

「副会長! 4年Ⅰ組です! 海府志儀をつれて来ました!」

 上級生はすばやく左右を見回して長い廊下に他に人影がないのを確かめると言った。

「よし、入れ!」


「海府志儀君と言ったな? 僕は副会長の錦織敬輔(にしごりけいすけ)だ。今日、君を呼び出したのは他でもない」

 その1室――生徒会室に連れ込まれるや中央に置かれた椅子に押し込まれた志儀。逃げ出すのを警戒するごとく級友たちが周りを取り囲んでいる。

 副会長と名乗った人物が時を置かず語りかけた。

「現在、我等K第2中学校を震撼させている〈謎の襲撃者〉の正体を暴いてもらいたいのだ。これ以上、犠牲者を出さないために。でないと――」

「でないと?」

「――このままでは、我がK2中学で最も重要且つ盛大なる学校行事、〈文化祭〉と〈修学旅行〉が中止になってしまう!」

「おお!」

「生徒会長!」


 真打登場!

 奥の衝立(ついたて)から現れたのは――生徒会長その人。

 頭脳明晰・成績優秀は言うに及ばない。

 目の醒めるような長身。普段はきっちりと整えたオールバックの黒髪が時に額にハラリと零れる風情がたまらない白皙(はくせき)の美男子である。

 言い忘れたが、明治41年(1908)の創立以来、当K第2中学の生徒会長選挙は美男子投票の様相を呈している。

 生徒会長になったという事は、つまり、学校1の美男子として公認されたということ。

 そんな、K2中生なら誰もが憧れる本年度生徒会長を眼前にして、周囲の級友たちが光栄のあまり直立不動になった気配が志儀にも伝わって来た。

「楽にしたまえ、諸君」

 一言、声をかけた後、生徒会長は真直ぐに志儀の目を見て自己紹介した。

「君が海府志儀君か? 正式に会うのは今日が初めてだな? 僕が生徒会長の三宅貴士(みやけたかし)だ。よろしく」

 差し出される手。

 あちこちでため息が漏れる。

 一瞬間をおいて、志儀はその手を握り返した。

「こ、こちらこそ、そのぅ、よろしく、三宅生徒会長……?」

「さて、時間がない。率直に話そう。今日までに4人が〈謎の襲撃者〉に襲われたことは聞いているね? 今のところ学校側には単なる〈事故〉と偽って報告している。だが、限界だ。こんな隠蔽がそういつまでもばれずにすむはずはない」

「でも――」

 生徒会長に習って、志儀も率直に意見を述べた。

「何故、隠しているんです? 既に4人も、〈犠牲者〉……怪我人が出ているんでしょ? だったら、早いとこ先生や警察に真実を伝えるべきじゃないんですか?」

「これは……!」

 三宅貴士の端正な顔が一変した。

 気品に満ちた白い面輪に軽蔑の翳が刻まれる。

 「現役の〈探偵助手〉の言葉とは思えない! 君の真髄はそれか、腰抜けめ!」

 面と向かってこれほどの罵倒を浴びたのは、志儀は生まれて初めてである。

 だが、衝撃が少年の体を貫通するより早く、簡潔で力強い言葉で貴士は言いきった。

「校内で起こったことを僕らK2中生自身の力で解決せずに何だ! 襲われた3人が3人とも――と言うのは残る一人は未だ意識不明なのだ――僕の手を握って涙ながらに訴えたぞ!

 『何ら抵抗も出来ず襲われた自分たちのせいで警察沙汰になり、それが元で今後の学校行事に支障が出るのが何より悔しい……!』

 『どうか、どうか、K2中生だけで真犯人を見つけてくれ!』


 窓に寄って生徒会長は腕を組んだ。思わず見惚れてしまう完璧な構図。

 金色の秋の午後の陽差しが斜めから降り注ぎ、宛らシネマの1シーン。いや、丘の上の洋館に住む探偵なら即座に名画の題名を呟くことだろう。例えばこう。見たまえ、フシギ君。あの横顔はジャン・ロレンツォ・ベルニーニの《ダヴィデ》そのものだな……


「怪我人たちでさえこの気概だ。それなのに、海府君、正直、君には失望したよ。可愛い顔しているのにその実、勇猛果敢で男気があると、僕は内心一目置いていたんだがね。どうやら見込み違いだったようだ」

 秋の陽光に眩しげに目を細める三宅貴士。

 否! あれは嘲笑しているのだ! 不甲斐ない後輩を!

「君も知っていると思うが――我がK2中は気鋭の探偵小説作家・横溝正史の母校だぞ。それなのに、校内で起こった(謎)を解こうと名乗りを上げる生徒がいないとはな!」

「待てよ!」

 志儀は椅子を蹴って立ち上がった。

「そこまで言われたら、僕だって黙っちゃいられない! 要するに貴方(・・)この僕(・・・)に、その〈謎の襲撃者〉を探し出せといっているんだね? 先生や警察がことの異常に勘付き、動き出す前に?」

「その通りだ」

 親指で鼻の頭を擦って、志儀は叫んだ。

「この依頼、引き受けようじゃないか! 興梠(こおろぎ)探偵社助手の名において、この僕、海府志儀が引き受けたっ!」



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