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最高の絵1

           ようこそ、興梠探偵社へ!

           さて、今回の依頼は……?




    挿絵(By みてみん)


 





 丘の上の探偵社へその日やって来た依頼人もご他聞に漏れず風変わりだった。

 

 絵に描いて額に入れたような〈執事〉である。


「私は鷲司(わしつかさ)子爵様にお仕えする桐生(きりゅう)と申すものです。本日はわが(あるじ)鷲司篤胤(わしつかさあつたね)様の代理をおおせつかってやってまいりました」

 

 黒のフロックコートにアスコットタイ。指揮棒(バトン)のようにピンと伸ばした背。銀髪をオールバックに撫で付けた執事はきびきびと続けた。

「鷲司様にはそれはそれは大切にされているお嬢様がおられます。お名前は薫子(かおるこ)様と申されます。その薫子様の16歳のお誕生日に何が御所望かお尋ねしたところ、お嬢様は一言――」


『最高の絵が欲しいわ!』


「はあ!?」

 言うまでもなく、この露骨な驚嘆の声は探偵ではなく傍らに控えていた助手のそれである。

 探偵は表情を変えることなく促した。

「どうぞ、お続けください」


 本人と同じくらい折り目正しい真っ白なハンカチを隠し(ポケット)から取り出して汗を拭ってから、子爵家の執事は話を再開した。

「申し遅れました。鷲司様のお嬢様はお体が弱くていらっしゃいます。お生まれになってからずっとご自宅で療養生活を送っておられるのです。それで、ご自分の寝台の前の壁が大変殺風景だと嘆かれて、そこに飾る〈絵〉が欲しいと、こういうわけでございます」

「そんなことなら画商にあたればいいじゃないか!」

 助手がズケズケと言うのに対して、即座に執事は頷いた。

「勿論、旦那様はそうなさいましたとも!」

 もう一度、ハンカチで額の汗を拭ってから、

「ところが、何十人もの画商がどんな絵を持ち込んでも、お嬢様は、あの、なんと申しますか、その……」

 探偵が助け舟を出した。

「お気に召されないと?」

「その通りです。旦那様もほとほと困り果てまして――それで、こちらの探偵様、貴方様は帝大で美学を学ばれたとか? ぜひ、お力をお貸しいただけないかとの、我が主より篤いご要望なのでございます」

「了解しました」

 探偵は軽やかに椅子から腰を上げた。

「おお! ではもう早速、絵を探してくださる?」

「いえ、違います」

 興梠(こおろぎ)探偵社の(ぬし)興梠響(こおろぎひびき)は背広――今日はドーメルのグレンチェック――の裾を整えながら微笑した。

「その鷲司薫子様――ご依頼人のお嬢様にお会いしたく思います」

「え?」

 戸惑う執事に当然という顔で探偵は言った。

「お会いした上で、直接、ご希望の絵についてご意見をお尋ねしようと思います。〈最高の絵〉と言われましても、〝最高〟の感じ方は、人それぞれ――千差万別ですからね?」



 執事・桐生の乗って来た子爵家の自家用車(ロールスロイス)に同乗するのを固辞して、愛車(購入したてのVW(フォルクスワーゲン)社のビートルである。色はサクソニーブルー)を連ねて走らせる興梠だった。

 その車中。

 例によって後部座席で助手の中学生・海府志儀(かいふしぎ)は不平を言った。

「何で引き受けちゃったのさ? こんな依頼、断ればよかったのに。こんなの、探偵の仕事じゃないよ!」

「僕はそうは思わないな」

 先行する黒い塊――全く、こちらが甲虫なら向こうは鯨だ――を見つめながら探偵は穏やかに返した。

「さっきも言ったろう? 〈最高の絵〉は人それぞれで違う。そのお嬢さんが求める〈最高の絵〉が何なのか、見事探し出すには推理力が必要だ。これこそ、君が常に求めて止まない、実に〝探偵らしい〟依頼じゃないか!」

 珍しく探偵に一本取られた格好である。

「ちえっ」

 飛び去って行く車外の風景は既に初夏の装い。

 窓に肘をついて緑の風を体いっぱい受けながら志儀は口を尖らせた。

「じゃ、早速僕が推理してみせるよ。こんな無理難題を言い出すなんて……そいつ、甘やかされて育った、わがままで高慢ちきで生意気な、その上、二目と見られないブサイクな娘に決まってるのさ!」 

 

 志儀のこの推理、ひとつは大当たり。

 ひとつは大はずれだった。

 つまり――


 子爵家の令嬢・薫子は息をのむほど可憐な、絶世の美少女だった……!

 ただし、その性格たるや――



        


        


        挿絵(By みてみん)








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