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芸術に訊け! 1





   挿絵(By みてみん)











「このコを預かっていただきたいんです」

「は……あ……?」


 その日、何の予告(アポイントメント)もなく、イキナリ興梠(こおろぎ)探偵社の事務室に飛び込んできた依頼人はとても可愛らしいお嬢さんだった。梔子(クチナシ)色のブラウスに紺のスカートが清楚な雰囲気によく似合っている。が。

 その依頼内容は例によって非常に風変りだった。

「申し遅れました。私は末國(すえくに)りえと申します。それで――」

 娘がバスケットから抱き上げたのは純白の毛並みに金茶の目を持つ、それはそれは美しい猫だった。首には瞳とお揃いの金の首輪をつけている。

「ええと、末國さん?」

 やや腰を引きながら探偵は応じた。

「残念ながら貴女(あなた)のご依頼は、当探偵社には向いていないようです」

「そんなことおっしゃらないでくださいっ!」

 円らな目に涙を溜めて娘は訴えた。

「私、そのぉ、事情があって……現在このコを手元に置いておけないんです。三日間でかまいません。どうか、三日、預かってください。よろしくお願いいたします」

 なるほど。かなり切羽詰まっている様子だ。とはいえ、興梠も引けない。ダメなものはダメだ。

 こめかみを抑えつつ、懇切丁寧に説明する。

「いや、僕もね、意地悪を言っているのではありません。貴女とその猫――」

「アートですわ」

「おお、アート!? いい名ですね! とにかく――そのアート君」

「女の子です」

「……アート嬢のために言っているのです。正直なところ、ここは猫にとって世界で一番ふさわしくない環境なんです」

 一段と声に力を込めて、

「ですから、他の探偵社、もしくは、動物病院へ行かれることをお勧めします」

「いけない! もうこんな時間? 私、戻らなくっちゃあ!」

 娘はビューローの上の時計を見てソファから跳ね上がった。

「私、今はまだ自由な時間がないんです。では、どうかアートをよろしくお願いいたします」

「君――」

「貴方なら、この子を守ってくださる。いいえ、貴方しか(・・・・)この猫の身の安全は守れない……」

「え? それはどういう意味?」

「私、存じております。だって、貴方は……」

 祈るように両手を合わせ少女は言い切った。

貴方(・・)は、興梠探偵社の、興梠響(こおろぎひびき)さんなんでしょう?」

「ちょっと――それでは全く説明になっていない。おい? 待ちたまえ!」

「三日後、必ず引き取りにまいります。お代金はその時に。では!」

 娘はぴょこんとお辞儀をするや、バスケットをソファに置いたまま一目散に駆けだした。

「君! 待てったら! 君っ――」

 探偵は、追えなかった。それどころか、ビューローの前の自分の椅子から一歩も動けなかったのである。

 何故か? 

 その理由とは……




「ただいまぁ!」


 どれくらい時間が経っただろうか?

 事務室の扉が勢いよく開いて、助手が入って来た。

「あー、いい天気だ! まさに散歩日和だよ! 残念だよねえ? 興梠さんもこうやって(かぐわ)しき秋の陽光の下、ノアローと散歩を楽しみたいでしょ? いつまでも僕に任せきりじゃなく――ん?」

 黒猫を繋いだ豪奢なレースの引き綱を持った探偵助手。その言葉は宙ぶらりんのまま途切れた。


「――」

 それもそのはず。助手が目にしたのは未だかつて想像すらしたことのない光景だった。


 これは幻だろうか? 


 ステンドグラスの窓から零れた赤・緑・黄の光の欠片(かけら)が寄せ木細工の床にキラキラ踊っている。

 いや、これはいつものこと。問題はその先――

 ビューロの前に座った探偵が膝の上に真っ白な猫を抱いている。


 未来の名探偵を目指す海府志儀(かいふしぎ)は、とっさに二通りの推理を展開した。

 ①膝の上の猫が神々しすぎる → 因ってこの光景は幻である。

 ②猫に嫌われる探偵が猫を膝に抱いている → 現実にはあり得ない → 因ってこの光景は幻である。


 一方、これが紛うことなき現実だと刹那に判断したのは、探偵の助手ではなく、探偵の飼い猫だった!

「あ! フシギ君! 君、引き綱を……けっして……離すな……よ?」

「え?」

 遅い!

 黒猫は弾丸のごとく、あるいは悪魔の放った矢のごとく、突進した。

 椅子を駆け上がると、膝の上の猫――

 ではなく、抱いている人間の顔に飛びかかって力いっぱい爪を立て、引っ掻いた。

 バリバリバリバリッ……

 元大医院だった瀟洒な洋館に凄まじい悲鳴が響き渡る――


「ぎやあああああーーーー!」











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