仕草0
開店休業の興梠探偵社に久々に舞い込んだ依頼とは?
ようこそ、興梠探偵社へ!
貴方の御依頼お待ちしています。
「こりゃまた――派手にばら撒いたものだな!」
足元に花を零して乙女は困惑して立ち尽くしていた。
「笑ってくださって結構よ! ええ、私は欲張りなの。だってあんまり綺麗だから……持てるだけ持って帰りたかったの、私の部屋まで」
半分泣きそうになって乙女は言うのだ。
「私の部屋って、物凄く陰気で暗いんですもの!」
「それなら、これをお使いなさい」
通りがかったその青年がリュックから取り出したものは――
「スカーフ?」
「風呂敷というんですよ。僕の国の言葉で。ああ、そんなんじゃダメだ、どいて」
慣れた手つきで青年は散らばっていた花を拾い始めた。ちゃんと花片の部分は外へ出して、くるくると巻いて縛り上げる。
「まあ! なんて器用なの?」
肩越しに覗き込んで感嘆の声をあげる乙女。
漣のような金の髪と鴉の羽のような青年の黒髪が一緒に揺れた。
「魔法みたい! 何と言ったかしら? オリガミ――そう、折り紙みたい、その布!」
興奮して乙女は叫んだ。
「私、11年前のパリ万博で見たわ、折り紙のマジックを! 6歳だったけど未だに憶えてる!」
「ああ、そうですか? 連日、鶴や船や風船を折るのが実演されたそうですね?」
一枚の平たい纸から立体の様々な物体が出現する様を目の当たりにしてパリっ子たちはそれを〈魔術〉と呼んで喝采したとか。それはともかく、
「……さあ、できた!」
瞬く間に篭に入れたブーケのように仕上がった風呂敷包を青年は差し出した。
「どうぞ! これで大丈夫、 全部おうちまで持って帰れますよ」
「ありがとう。それで――」
乙女は悪戯っぽく微笑んで見せた。
「刀は何処に隠してらっしゃるの、サムライさん?」
明るい笑い声が響く。
「西洋の人は皆、それを言うな! 僕たちが刀を振りかざしていたのは大昔ですよ?」
青年はポケットを探ると、
「しいて言えば――今の僕の武器はこれかな?」
東洋の青年の手の中にある絵筆を見て乙女はまた目を瞠った。透き通った水色の目。パリの空よりもっと薄い蒼。
「あら、あなたは絵描きさんなのね?」
「いや、今はまだ違います。でも、いつか、きっと……」
こちらは黒曜石のように濃い瞳を輝かす青年だった。
「そう呼ばれるのが僕の夢です。そのために、僕ははるばる海を渡って来たんですから!」
乙女は頬を染めて尋ねた。
「じゃ、今は何とお呼びすればいいのかしら?」
「ハァ?」
「だって、〈未来の絵描きさん〉では長くて不便ですもの」
「?」
「名前を教えて、と言っているんです」
「ああ、そうか! 僕の名は……僕の名はね……」
1911年、春。
仏蘭西はパリを望む、通称〝要塞の土手〟にて。
その日、空は青く澄み、風は甘く二人を摺り抜けて吹き過ぎて行った……