表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/417

秋の夜長のお月さま 10

そう言う店主は、すごく不味いものを、嫌々ながら味わわなければならない人みたいに唇を歪めてる……。こんな顔、見たことある。絶望を味わったみたいな表情。あれを口に入れた者みんな、こんな顔してた。俺も……。なんだっけ、あれ、あの飴。旅行が趣味だった前の会社の同僚がノリで買ってきた、北欧土産。味覚を破壊するというより、地ならしして更地にして無効にしてしまうような、暴力的なまでに存在感のある──


「サルミアッキ……?」


「え?」


驚いたように目を瞠る店主。しょーもないことを言った自覚のある俺、バツが悪い。


「いえ、何でもないです……」


相手が何やら苦悩している様子なのに、明後日の方向にダッシュした連想をつい口にしてしまい、どうやって誤魔化そうかとおろおろしていると、店主は呟いた。


「サルミアッキか……」


「それはですね、その」


まあまあ、という仕草をしながら、店主は言った。


「まあ、確かにサルミアッキみたいな人ですよ、あれは。食べ物を名乗っちゃいけない味なのに、歴とした食品だというところとか……」


「はあ」


何の話だろう? 俺もズレてるけど、店主もズレてると思う。


「その老人、髭を生やしてなかったですか? 真っ白な髭」


言われて、何とか思い出してみた。


「そういえば……」


「髪も真っ白で、少し長め」


きれいに手入れされて艶のある髪と髭。どちらも惚れ惚れするほど真っ白で──。


「ああ! そうそう。お洒落な仙人みたいだと思ったんです、第一印象」


ぶっ、と店主が吹き出した。め、珍しい。


「お洒落な仙人……それはなかなか」


言いえて妙、とひとしきり笑う。


「──本当に、何でも屋さんにかかると形無しだなぁ。でもまあ、最終確認。その人の眼、こんな感じじゃなかったですか」


店主は自分の眼を示した。


「え?」


「瞳の色。よく見てみてください」


瞳の色? 言われて注意深く見つめて……思い出した。


「そ、うだ、片目の色。こんな色だった、デコピンしてきた時……ちょっと薄い茶色に緑がかってて……え? 今まで気づかなかったけど、真久部さんオッドアイだったんですね。あの老人も……」


さらにじーっと見つめて……。


「真久部さん、あの老人と似てる……」


うん。パッと見の印象が違うから気づかないけど、良く見ると似てる。眼の色もそうだけど、鼻とか口元とか……。


それを聞いた店主は、今日一番大きな溜息をついた。


「やっぱりね。──それ、多分僕の伯父です」


「えっ!」


驚いたけど、驚きは無い、って変な言い方だけど。いや、ホント似てるし。


「真久部さんの伯父さん? 何であんなところに──お住まいがあの近くなんですか?」


「いいえ。全然違うところに住んでますよ。ただ、萱野さんの近くに友達がいると聞いたことがあります。昨日はそこを訪ねる予定になってたんでしょうね。例の<悪いモノ>に引っ張られる気満々で……」


まだあれ飼ってたのか、とか、餌はやるなと言ったのに、とかなんとか、ぶつぶつ呟いている。


「あ、あの、真久部さん?」


「あの人は悪趣味なんですよ……」


重い重い吐息とともに、店主は吐き出した。


「僕にはさんざん『骨董の声は聞くな、聞こえても知らないふりをしておけ』と言ってたくせに、自分は……だいたいね、竜になりたいとか、子供が将来『サッカー選手になりたい』って言ってるのと同じじゃないですか。普通はなれるものじゃない。さりげなくあやして寝かせておけば、眠ったままそのうち(しょう)も薄れてくるのに……」


中には『人間になりたい』っていうのもあるんですよ、という言葉を聞いて、俺は怖くなった。


「その、骨董の声、ですか? この店で棚卸しのお手伝いしたことありますけど、俺、何も聞こえませんでした、よ……?」


「ああ……便宜上<声>と言ってますけど、声とはまた違います。人に長く使われた道具は、夢を見ることがあって、って、あまり聞かないほうがいいですよ、何でも屋さん。忘れてください」


「はあ……」


ちょっと背中がぞわっとするような気がするから、忘れられるなら忘れたい。


「えっと。深く聞きたいわけじゃないんですけど──」


本当に聞きたくはないんだけど。でも……


「今の話からすると、竜になりたいっていう何かの願いを、伯父さんが叶えてやろうとしてるってことですか? それは昨夜俺が見た竜のイリュージョンと関係ありますか?」


そこ、はっきりしておかないと落ち着かないっていうか、まあ。竜が現れたって聞いたときの店主の驚き方も普通じゃなかったし。


「関係、ありますね。肯定したくは無いんですが」


「その、どんなふうに……?」


「まず、きみが見たのはイリュージョンじゃありません」


「え……?」


嘘。そこ、否定して欲しくなかったよ。


「昨日、萱野さんのお宅まで運んでもらった荷物は、鯉の置物だったんです。本物そっくりに動かせる、自在置物」


──知ってますか? 鯉は竜になることが出来るんですよ。


脳裏に蘇る、老人の声。


「もしかして……その鯉の置物が竜になったってことですか?」


──鯉の滝登りという言葉があるでしょう? 垂直の滝を登り切るほどの力ある鯉は、竜になることが出来るんです。


ただのお話、というか、何かの例え話だと思ってたのに。


「その通りです」


まさかのリアル・トークだったのか、店主の伯父さん!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ