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秋の夜長のお月さま 4






「説明してくださいよ、真久部さん。あれって一体何だったんですか?」


翌朝。速攻で犬の散歩と庭の水遣り仕事を終えた俺は、開店間も無い慈恩堂に押しかけていた。


「あのお地蔵さん、ものすんごいイリュージョニストでしたよ。デビッド・カッパー○ィールド並みに! その前にどうしてああいうことになったのか──」


「まあまあ何でも屋さん、落ち着いて」


お茶でもいかがです、とはぐらかして、店主は店の床から一段上がった座敷に設えてある帳場の脇に座布団を敷いて俺を座らせると、傍の電気ポットの湯で煎茶を淹れ、勧めてくれた。


「朝早いと、そろそろお腹がすいてくる頃じゃありませんか」


御茶請けにと、どこから出したか美味そうなカップケーキ? みたいなの。


「ブルーベリーマフィンです。そんなに甘くなくて美味しいですよ」


さあさあと勧められ、実際小腹のすいてた俺はつい手に取って齧ってしまった。


「なかなかいけるでしょ?」


「……」


俺は無言で頷いた。ブルーベリーの仄かな甘みに、まろやかな味わいのクリームチーズが風味を添えて、豊かなバターの香が──って、こんなところで脳内グルメリポートしてる場合じゃないんだよ!


「美味しいです。でも、それより事情説明を要求します」


もうひとつあるマフィンの誘惑を目を逸らすことで退けながら、俺はきっぱりと店主に告げる。


「真久部さん、あなた、どうして昨日俺が道に迷うことを知ってたんですか?」


店主は困ったように微笑んでみせる。語気が荒くなりそうになるのをなんとか抑えながら、俺は言葉を続けた。


「届け先の萱野さん、驚いてましたよ? 到着があんまり遅いから、来るのは明日で、今日じゃなかったんだと勘違いしてたって。俺もそんなに遅くなると思ってなかったです。だって、昼前にそこの駅から出かけたのに、帰ってきたの、終電だったんですからね」


昨日は厄日だった。


乗り換えた電車が遅れるわ、イノシシが線路に入ったからって停まるわ、バスに乗ってやれやれと思ったら何故か途中でエンストするわ、道路事情の関係で次が来るまで時間がかかるっていうから、しょうがなく地図を見ながら歩いて行くことにしたら、日が暮れるわ、やたらにぐるぐる道に迷うわ。


萱野さん、事情を話したら気の毒がってくれたけど。夕飯もご馳走してもらえてありがたかったけど。──あのチキンカレーは美味かったな。


「真久部さんに連絡取ろうとしても、携帯繋がらないし。萱野さんちにもプツプツ切れて繋がらない。何なんですか、もう」


帰りは、萱野さんに車で駅まで送ってもらったんですからね、と言うと店主は「すみません」と謝った。


「苦労をおかけしたようですね」


「苦労っていうか……電車が遅れたりバスがエンストしたりは、別に真久部さんのせいじゃないでしょうけど」


しおらしく謝られると、それはそれで問い詰めようとする勢いが、削がれる……。


「……何なんですか、あの手紙、というか指示書。迷うのは予想された事態だとか、引っ張られたとか、意味分からないのに、煙草だとか酒だとか塩だとか、ホント何なんです? 知らない間に、筋書きの分からない芝居の舞台に引っ張り上げられたみたいな──」


そうだよ、俺の役割は何だったんだ? それが分かってれば、こんなもやもやした気分にならないで済んだはず……多分。


「あれは、何だったんですか? 俺は何をしたんですか?」


店主は帳場に座ったまま、何かを考え込むように目を瞑っている。わずかに眉を寄せるその表情は、店主にしては珍しいものだった。


「真久部さん?」


呼ぶと、目を開けて俺を見た。そこにはまだ躊躇うような表情がある。


「どこから話せばいいのか……」


店主は呟く。どこから、というなら、まずここからだろう。


「俺が道に迷うって知ってたのは何故ですか? 今宵は満月云々と書いてたくらいだから、夜になっちゃうの分かってたみたいですね?」


あんなぐるぐる慣れない道を迷うって知ってたら、さすがに俺だってタクシー呼んだぞ。


「──あの辺りには、タチの悪いモノが棲んでるんですよ」


諦めたように息を吐き、店主は語り始めた。


「そうしょっちゅう出てくるわけではありません。今の時代はね。時々、思い出したように現れては、災いをなすんです」


「その災いって、どんな……?」


「聞きたいんですか?」


そう言われると、聞いてはいけないような気になるじゃないか。


「いや、その、ですね」


口ごもってると、無造作に店主は次の言葉を放った。


「喰うんですよ」


俺はぎょっとした。


「喰うって……不幸にも山で熊と鉢合わせしちゃった的な?」


そういえば今年って、やたら熊の被害が多いよな。ついこの間も山菜を採りに行って……って、事件、なかったっけ。怖っ!


それには店主は首を振った。


「ソレが喰うのは心です。襲われて心を喰われた人は廃人になり、すぐに衰弱して死んでしまいます。昔は恐れられたものですが──」


今はもう、知っている人のほうが少ないですね、と店主は言う。


「単純に、交通機関が発達したのが大きいでしょう。それに加えて、みんな車を持つようになりましたからね。夜道を徒歩で移動する人も減りましたし」


──俺、思いっきり徒歩でその辺りを通ったみたいなんですけど。

俺の不満顔に気づいたんだろう、店主は苦笑いした。


「今回、きみは引っ張られたんだよ、何でも屋さん。電車が遅れたり立ち往生したり、滅多にあることじゃありませんよ。エンストしたバスの代替がすぐ来ないなんて、普通だったら考えられない」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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