双子のきょうだい 5
・・・思わず聞きたくなったけど、止めた。
だって、コワイ。聞かない方がいいような気がする。本能的に。
俺、思わず涙目になってたかも(涙目なだけで、泣いてない!)。
それを見て、くすり、と笑みをもらす店主。
「そんなに怯えないでくださいよ。偶然ですってば。たとえ――」
――今では忘れ去られた山奥の古街道跡から、石造りの小さな道祖神を盗んできたらしい男が、それをロープで背中にくくりつけたまま、川の浅瀬で溺れ死んでいるのが釣り人に発見されたりとか。
――どこか他所から来て、寂れた古い祠を夜陰に乗じて勝手に解体しようとしたらしい男が、朝になり、犬の散歩で通りかかったお年寄りに倒れてるところを発見された時には、記憶どころか生きることに必要な全てのことを忘れてしまっていたりとか。
「そういうのもね、全部ただの偶然ですよ」
にーっこり。
・・・店主の笑顔が、恐い。
「ぐ、ぐーぜん?」
「そうですよ? それとも、偶然だと思うより、バチとか祟りとかの方がいいですか?」
「ぐーぜんでいいです・・・」
むしろ、偶然だということにしておいてください、店主!
「ま、触らぬ神に祟りなし、という言葉もありますし」
「はぁ・・・」
「あなたは大丈夫でしょ、多分。あっちから触りにくることはあるかもしれないけど、まあ・・・、大丈夫だと思います、よ?」
何ですか、その「よ?」は?
「ふふっ」とか、何ですか、その含み笑いは? 俺が怖がるの、楽しんでる。このヒト、絶対にSだ・・・
悔しさに、思わずくぅと唇を噛みしめていると、唐突に店主が言った。
「僕が保護した<あの子>、今日<親元>に返しましたよ」
え? 店主が保護したっていうと、悪い奴らに攫われたけど、売り飛ばされる寸前で間に合ったっていう・・・
「ここに来たあの男の子の、お兄ちゃん?」
「そう。もう無事なのが分かったんだから、自分は<お家>でじっと待ってればいいのに、我慢出来ずにお迎えに来ちゃった<男の子>の、双子のお兄ちゃん。――あーあ、お兄ちゃん、今頃、弟がいないから心配してるだろうなぁ」
何故か吽形の狛犬をじぃっと見つめる店主。その手はやさしくその頭を撫でている。むすりと結んだ小さな狛犬の口元。何だろう、そんなに気に入ってるのかな、その狛犬。
「ま、僕が忘れ物したのがいけなかったんだけどね」
ふう、と遠い目をする店主。
「そういえば、忘れ物取りに戻ってきたんでしたっけ? 何忘れたんですか?」
俺が訊ねると、店主は懐から片手で袱紗包みを取り出して俺に渡した。
「何ですか、これ」
包みを開いてみたら、金糸銀糸をふんだんに使った贅沢な布をパッチワークみたいに繋いだものが入っていた。
「・・・花瓶敷き?」
ふと口にした言葉に、店主が吹き出した。
「か、花瓶敷きですか。あなたらしい発想だなぁ!」
店主、笑いすぎ。
肩ふるわせて、腹を抱え、狛犬の頭をぽんぽんしながら。心なしか、狛犬も笑ってるように見える。結んだ口の端の方が、何となく・・・被害妄想だけどさ。
「こ、こんな派手な花瓶敷きはないでしょ。せっかくの花がかすんじゃう」
言われてみればそうだけどさ。
「・・・じゃあ、何なんですか?」
むすっと訊ねると、店主は笑いすぎて目尻ににじんだ涙を拭きながら、答えた。
「花瓶敷きじゃないけど、敷物には間違いないですよ。笑ってすみません。これ、例の<あの子>のお気に入りでね。攫われた時も離さなかったみたいで。弟とお揃いの品だし」
ねー、とまた狛犬を撫でる店主。・・・話せない置物に相槌を求めるとは、変わった人だ。そう思いつつ、俺は敷物?を元のように袱紗に包むと、店主に返す。
「だからね、これの匂いを辿って来たんでしょう」
俺から受け取った袱紗包みを丁寧に懐に仕舞うと、店主は苦笑した。