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貴重な人材 2016年10月5日 6

本当に次こそ完結です。今、最後のほうを書いてます。広げた風呂敷を畳むのには神経使いますね。○編じゃなしに、数字にしておけば良かったと後悔中。


*結局その通りにすることにしました。前編~などの○編ではなく、数字に改めます。

頷いた葛原さんは、古いギターをやさしい手つきで畳の上に置き直すと、ずっと担いだままだったギターケースを下ろした。


大きいな、と思って見ていると、ケースにはさらに雨避けカバーが掛けてあったらしい。丁寧に取り出されたギターは、きれいな飴色をしていた。さっきの彼と同じ場所に座った葛原さんは、しばらくポロンポロンと音を確認していたが、大きく深呼吸すると、弾き始めた。


──何だか悲しくて、途中ちょっと希望が見えて、また深い悲しみがやってきて、少しの希望と入り混じる。


溶けるように余韻が消えて、俺はほうっと溜息を吐いた。


「凄いです! 悲しいのにキラキラしてて綺麗で、何だろう、夏の海を遠くから眺めてるみたいな……」


拍手しながらつい語ってしまって我に帰り、うわぁ、俺いいトシして恥ずかしいヤツ、と密かに反省していると、クスッと笑う声が聞こえた。


「あなたも、凄い。初めてこの曲を弾いてやった時の大介と、同じことを言う……」


最後の言葉は口の中で呟くように、葛原さんは片手で顔を覆った。押し殺した嗚咽の声が聞こえる。俺は黙ってそれを聞いていた。玄関ガラス戸の外は雨。もう少しで小止みになるだろうか。








夕方、予定より早く店主が戻ってきた。


「お帰りなさい」


「ただいま帰りました。いやあ、雨が降ったり止んだりで……、はぁ、今日は台風のわりに大雨じゃなくて良かったけど」


傘を差したり閉じたり忙しかったと店主はぼやく。温かいお茶を淹れて勧めると、疲れていたらしく、温和しく帳場後ろの畳エリアに広げたちゃぶ台の前に座った。


ひと口啜って、ふう、と息を吐いたあと、「あれ?」と店主は声を上げた。


「持ち込みがあったの?」


視線の先には、畳の上で壁に立て掛けられた立派なギター。


「いや、あれは一時預かっただけで、もうすぐ持ち主が取りに来られるはずです。──実は今日、俺が店番してて初めてお客さんが来たんですよ。古いギターが売れました」


あそこにあった、と俺はウクレレとバイオリンの置いてある辺りを指差す。


「え? あれが?」


店主は驚いている。


「一応値札は付けておいたけど、随分と痛んでいたから売れないと思ってたよ。元はいいものなんですがね、よほどの酔狂か趣味人でないとあれに手を出そうとは……」


「いや、それが。今日のお客さんは元の持ち主の叔父さんという人で。最初は道を訊ねに入ってみえたんですが、本当にたまたまあのギターを見つけて」


「たまたま?」


「はい。本当にたまたま偶然」


何故か店主は俺の顔をじーっと見る。


「な、何ですか?」


「いえ、何でも……それで、その人はどうして現役のギターを預けて行ったんです?」


「ここで買ったその古いギターを、修理に持っていくためですよ。ケースはひとつだけですから。ほら、雨降ってましたし」


道に迷った葛原さんが行きたかったとこって、ギターの修理職人さんのお宅だったらしいんだよな。ちょうどそこへ訪ねて行くって日に、ずっと探していた甥御さんのギターが見つかって、ボロボロで──。それも巡り合わせかもしれませんね、と二人でしんみりした。


「ギターの修理……ああ、この近くなら、漆葉さんかな?」


少しだけ考えて、店主はすぐ答を出した。


「え? 真久部さん知ってるんですか?」


「まあね。基本、紹介でしか仕事を請けない職人さんで、弦楽器なら何でも修理してくれるけど……ただ、気難しい人で、持ち主が気に入らないと頑として請けてくれないんですよ。そのお客さんはなかなかの人柄のようだね」


「そういえば、何度か電話で交渉して、必ず今日持ってくるように言われたとか……」


ケースのギターを入れ替える葛原さんに、台風来てるのに楽器を持ち歩くのは心配ですね、と言ったら、そう教えてくれたんだ。置いていったギターは、今のところまだ弾くのに影響は無いけど、早晩影響が出そうな不具合があり、それを直してもらいたくて、知り合いからその漆葉さんを紹介してもらったと聞いた。


「──あの人も楽器の古いものに馴染んでるからねぇ、何か感じるところがあったのかもしれないね……」


とすると、私も無意識に引っ張られたのかな? と店主は何てこともなさそうに言った。


「あの品はね、同業者の店に行ったとき、廃棄処分にするっていうのを聞いて、なんとなく買い取ってしまったんだよ。まだ、生きている(・・・・・)気がして」


うっ。また何か怖い言い回しを。っていうことは、他にも生きてる(・・・・)品物があったり、する?


この店にいるときは、怖いような気がするけど考えないようにしておこうという、ある意味「無」の境地に撤しているはずの俺の意識が、揺らぐ! と内心汗を掻いていると、救いのドアベルの音。


「すみません、葛原です。置かせていただいてたギター、受け取りに来ました」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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