仏像の夏 2010年8月15日 9
「い、いやだなー、真久部さん。気のせいですよ。俺がここの入り口ドアを開けた時、たまたま風が吹き込んで、空気が騒いだように感じられただけなんです、きっと」
そう、きっと全ては気のせい気の迷い。そうに決まってる。
怖いのが苦手な俺の、固く結んだ唇を見てか、店主はまた溜息をついた。
「……まあ、いいですけどね。あなたが出入するようになってから、彼らもだいぶ気が丸くなりましたし。それに、今日はあなたを襲われた怒りででしょう、かなりの量の負の念が例の男にくっついて行ったようですね──」
店の中に視線をさまよわせてた店主は、軽くなってる、と呟いた。何が? と思ったけど、聞く気もしない。
「はあ……」
気の抜けた返事に苦笑しながら、店主はこちらに視線を戻した。
「それに、あまり怖がる必要はありませんよ。彼らにはあなたを害する気持ちは無いし……まあ、ちょっと身体には悪いんですけど、あなたは元々護りが固いから」
大丈夫、と店主は言う。身体に悪い、ってところに突っ込みたいけど、突っ込んだら負けなのは分かってる。
「彼らは直接あなたに触れてるわけじゃなくて、足元に纏わりついていただけですから。懐いてきた野良犬みたいなものだと思ってください。彼らは悪さをするわけじゃない、慕っているだけです。そういう犬の群れを連れている人をですよ、攻撃しようとすればどうなるか。想像してみてください」
「……」
そういえば、今日はグレートデンの伝さんだって俺を護るために男を攻撃したよなぁ。すごい迫力だった。俺があの男の立場だったらちびってた……。あの場に、他にも伝さんみたいなのが何匹もいたとしたら──。
「彼ら、地の果てまで追いかけて、息の根を止めようとしますよ。自分たちの大好きな人を害そうとしたんですから」
怖っ! でも──。
「どうしたんです、いきなり考え込んで」
ふと気づいたら、店主が心配そうに俺を覗き込んでいた。
「え、いや……、俺のために怒ってくれたんなら、感謝しておいたほうがいいのかなぁ、と思って……って、何で笑うんですか、真久部さん! ねえっ!」
今度の店主は、笑うだけ笑ってもう何も答えてくれなかった。何でだよ!
「……そろそろお暇しますね」
次の仕事行かないといけないし。その前に昼飯も食べたいし。笑われすぎたからって怒ってるわけじゃない。決して。
「そうですか。大したお構いも出来ずにすみません」
笑い収めた店主が、す、と頭を下げる。いや、そんな急に真顔になられても。
「え……、俺が勝手に押しかけてきたんだし……。焙じ茶と葛饅頭も出してもらったし……」
どっちも絶対お高いやつだ。そう思うと、こっちのほうが後ろめたい気持ちになる。──今度来る時、何か買ってこよう。
それじゃ、と帳場の畳の間から店の土間に降りようとした時、店主が言った。
「あの男……これからどうなると思います?」
「さ、さあ?」
例の仏像と、ずっと一方的な隠れ鬼をやってるんじゃないかなぁ?
「男が背負う負のエネルギーは、雪だるま式に増えていきます。件の仏像がそのように誘導しているのですから、当然そうなります」
「え、と。背負いきれなくなって、潰れる?」
この場合の潰れる、は、地獄行きってことになるんだろうな。ぶるるっ! 怖い怖い。
「我々、骨董古美術古道具を扱う人間の間では、こう予測されています──」
男の背負う負のエネルギー──穢れ──が満ちる時、かの仏像が男を男の母国に導く、と。
「元々、負の念の大きい土地ですが、そこに男が集めに集めた負のエネルギー、すなわち穢れを持ち帰るんです。どういうことになると思います?」
恐ろしさに、頭が真っ白になった。
終わりませんでした……。今、最後の締めに悩んでいます。
最終話の10は、本日正午過ぎには投稿出来ると思います。




