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仏像の夏 2010年8月15日 8 

今日も六時間ほど遅くなりました……。

「……その男は、そんなに悪いことをしたんでしょうか」


別に弁護したいわけじゃないけど、それが全てあの仏像の意図するところだというなら、あまりにも恐ろしいと思った。


「したんでしょうね。その仏像を盗む前にも、色んなものを盗んでいると思われます。それもただ盗むだけじゃなくて、神域を穢したり、御神木を傷つけたり……。窃盗の現場を人に見られずに済んだなら、そのまま逃げてしまえばいいのに、どうしてかそういう余計なことをしてるフシがあるんです」


清浄な場所に入ると、自分の穢れが目立って気になって、責められたような気になるのかな、と店主はその心情を想像してみせた。


「普通はそこで畏れを感じて逃げ帰るか、もしくは心を改めて身を清めようかとなるものなんでしょうけどね、日本人ならば。だけど、穢れがその本質だというなら、清浄さが自分に攻撃を仕掛けてくるような錯覚に陥るのかもしれません。それなら清浄な場に近寄らなければいいのに、と思うのですが……しつこく寄ってくるのは、全て穢して自分と同質のものにしたい欲望があるのかも……」


「気持ち悪っ!」


うん。本当に気持ち悪い。


「まあ、憶測ですけどね。でも、当たらずとも遠からじ、ってとこだと思いますよ」


店主も自分で言っていて気持ちが悪そうだ。珍しく額に皺を寄せている。


「まあ、そんなわけで、《盗んだ仏像の怒りを買い、地獄に通ずる道を連れ回されている男》として、我々のような仕事をしている者の間では有名なんです。その男は色んな場所に現れるようですよ。聞くところによれば、どこかの普通の家庭に忍び込んで、わざわざ子供のおもちゃを選んで壊したとか」


「子供のおもちゃ?」


今までの話とはかけ離れた言葉を聞いて、思わず問い返すと、店主は「何の変哲もない、ただの黄色いあひるだったそうです」と付け加える。


「どうやら、そこの奥さんに悪意を持つ人からの贈り物だったそうなんですが。壊れて首の取れたあひるの内側に、何やら妙な札が入れてあったんだそうです」


怖っ! 壊した男もアレだけど、そんなもん作って人んちの子供に贈ったっていう人間も、怖っ!


「その人はある意味幸運でしたよ。普通なら返しが行くはずだったのに、それを男が引き取ってくれたんですから」


「返しって、呪い返し……」


思わず口にすると、店主はそれに頷いてみせた。


「そんなようなことを、行く先々であの男はやってるんですよ。何度も、何度も。何体も、幾つも。折って破って壊して汚して、一体どれだけのモノの恨みを買っているやら」


背中、寒っ! 想像するのも恐ろしい。

ん? だけど。


「何でその男、というか仏像は、俺の前に現れたんでしょう? 人気(ひとけ)のない道だったし、周囲に壊したり、傷つけたりするような物は無かったですよ」


あの仏像が転がってた木を、傷つけたりってことはなかったと思う。ただ地べたに這い蹲って消えた仏像を探してただけだ。俺も伝さんのお陰で襲撃に気づいて無事だったし。もちろん伝さんだって怪我ひとつ無いし。


「ああ、それはね、多分」


店主はにこっと笑った。──わざとらしい笑みだ。


「あなた、うちの店の骨董や古道具に気に入られてますからねぇ。実は、うちにもその手の気難しい性質(たち)の品物があるんですよ。でも、そういうのが特にあなたを好いているようですから」


え? どういうこと? 意味が分からない。


「あなたを傷つけようとすると、彼らが怒ります」


ぱかっ、と口を開けた俺をちょっと面白そうに見て、店主は続ける。


「特殊警棒でしたっけ? 完全にやる気ですよね。殺すの方のヤる気です。仏像を追いかけるのに、どうしてそんな得物を選んだのか分かりませんけど、そんな危険なものをあなたに向けたら? しかも、明確な害意を持って。──彼ら、怒り狂ったはずですよ」


何それ! 俺、知らない間に何かに取り憑かれてたの?


「ま、またぁ。俺を怖がらせようったって、そう何度も引っ掛かりませんよ? あはは……」


引き攣った笑みを浮かべてみるも、店主は心外そうだ。


「ここに入ってきた時、気づかなかったんですか? いつにも増してすごい歓迎ぶりだと思っていたら、あなたが暴漢に襲われるも、無事だったと聞いて納得してたんですが……」


青くなっているであろう俺の顔を見て、店主は溜息をついた。


「──気づくわけなかったですね。あなたのことですものねぇ」


俺はそろっと振り返って、慈恩堂店内を見やった。いつもそこにある船箪笥や、入れ替わりはあっても俺が知るかぎり売れたことのない懐中時計、中世ヨーロッパの修道士が身に着けてそうな古ぼけたブロンズの十字架……他にもいっぱい把握出来ないほど品物が置いてあるけど、なんか、歓迎してくれてたのか……?


「……」


どれだけ見てみても、それらは温和しくそこに静まり返っている。

この話は、明日で終わる予定です。


今日見たらポイントが二つ増えていて、少し力づけられました。ポイント、評価、ブックマークをありがとうございます。前からの方もありがとうございます。励みになります。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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