仏像の夏 2010年8月15日 7
遅くなりました。
「その通り!」
海外の名探偵なら exactly! って叫んでそう。この間字幕で見た映画ではそうだった。店主はにっこりと笑ってる。
「それなりの礼儀を尽くしたなら、解体されても納得してくれるでしょう。きっちりと手順を踏んで約束事を守っていたならば。だけど、いきなり壊されてしまったら?」
あなただったらどう思います? と店主は訊ねてくる。
「せっかく温和しくしてるのに、何をするんだ、と強い怒りを抱きませんか? しかもその張本人は一筋の後ろめたさも感じていない。無礼を働いておきながら、それを無礼だとも思っていない。となれば、怒りは恨みに変わるでしょう」
「……」
うん、まあ。犯罪の被害者ならそうなるだろうな。謝られても取り返しのつかないことされて、なおかつ、相手に謝る気すら無いとなれば……そりゃあ、ねえ? うん。店主の言いたいことが分かったような気がする。
「つまり……その壊された骨董品の怒りだの恨みだのが男に行く、えーと、くっつく……?」
恐る恐る言ってみると、よく出来ました、というように店主は頷いた。
「ああいった品物は、処分するのも難しいんです。気難しい相手は何処で何が気に触るか分からず、触った場合の負のエネルギーを受け流す術も分からない。膠着状態で現状維持をするしかなかったところに、件の男がやって来て、勝手にその負のエネルギーを引き受けていったんです。──言っては何ですが、渡りに船、っていうやつですね。被害に遭った同業者も似たようなこと言ってましたよ」
怖い話だけど──それこそ正に。
「自業自得……」
ぽつりと零すと、店主も同意した。
「ええ、自業自得です。それでも、それがどんなに恐ろしいことか我々は知っているので、その同業者も男に訊ねたんだそうです、どうして、こんな処に何しに来たんだと。そこもうちと同じようなただの骨董屋で、入り口は地味な上に貧乏くさいですし、分かりやすくお金になりそうなものは置いてないのに、そんな店を選んでわざわざ強盗に入るなんて考えにくいし。ならば、何らかの目的があるだろう、と思ったんですね。それに、その時は男があの一山いくらに混ざっていた仏像を探してるなんて、知らなかったですから」
いきなり飛び込んできた男が、ごちゃごちゃ置いてある商品の、どれを狙ってるかなんて分かるわけもない、と店主は言う。その言葉に俺は素直に頷いた。この慈恩堂店内だってごちゃごちゃと……うん。
「そしたら、変な日本語でその男は言ったんだそうです。あの仏像がここに来いと言った、夢に現れてそう言った、だから早くそれを渡せ、と。男が指をさす先を見たその同業者は驚いたそうです。なぜなら、さっきまで確かにそこにあったはずの、来歴不明のあの仏像が消えて無くなっていたから」
あなたが今日体験したみたいに、と店主は付け加えた。
「同時に男も無くなっていることに気づいて、気が狂ったみたいに喚いたんだそうです。さらにその辺にあったものを蹴飛ばして……また、その時破損したものは、ことごとく難しい品だったといいます」
「うわあ……」
「警察に電話している間に、男は立ち去ったそうですが……それきり杳として行方は知れず。現れた時と同じように、唐突に消えてしまったそうです。同業の間でもあちこちで似たような話があるので、被害に遭った者同士で一度情報を突合わせてみたんだそうです。すると、皆似た状況で不思議な仏像を手にし、特徴の一致する男に襲撃され、それぞれが気難しすぎて持て余していた品を壊されたということが分かりました」
もちろん、その仏像がいつの間にか消えて、男が喚くところまで一緒です、と店主は言う。
「金銭的にはともかく、持っていてもどうにもしようが無かった品物の、怒りと恨みの負の念を持って行ってくれたのは、有難いといえば正直有難い。だけど、あまりにもピンポイントすぎて怖い。皆そう思ったそうです。そして出た結論は、わざとなんじゃないか、というものでした。つまり──」
その仏像は、扱いの難しい訳有りのものをわざと壊させ、その負のエネルギーが全て壊した本人である男に向かうように、巧妙に誘導してるんじゃないか、と皆は結論したのだと店主は説明した。




