仏像の夏 2010年8月15日 4
「もうっ……! こんな時ばっかり真に受けるんだから。あの有名なオランダ人を浮遊霊呼ばわり、面白かったのに……」
自分が怖いこと言ったくせに、若干、逆切れぎみの店主。何でだ。
「それにねぇ、今更でしょ、あなた。今回は違うけど、<陸の浮遊霊>ごときで怯えないでくださいよ」
「いや、だって。俺、幽霊なんて見たことないし!」
「えっ!」
何故か、もの凄く驚いたような顔で俺を見詰め、絶句する店主。だ~か~ら~!
「だから怖いに決まってるじゃないですか、浮遊霊、なんてものがいたら!」
「……」
「浮遊霊って、その辺漂ってるんでしょう? で、何だっけ、波長? とか合ったりしたら、くっついてくるんですよね。そりゃ、俺だって青くもなりますって」
「……」
「……どうしたんです? 俺の顔、何かついてます?」
けっこういい男なのに、口をぱかっと開けて人の顔凝視するのはやめた方がいいと思う。
「ちょっと、真久部さん?」
「──そうですか、見たことなかったんですか、幽霊。ふーん……」
疲れたように肩を落として、何やらぶつぶつ言いながら溜息をついてる店主。いやホント、どうしたんだろ?
「天然って、うらやましい……」
ぼそっと何か呟いた店主。
「え?」
「いえ、何でもないですよ。ただ、やっぱりそれくらいでないと、うちの店の留守番とか店番は務まらないんだろうな、と」
さすが、顧客満足度九十九パーセントを誇る何でも屋さんですね! といきなり持ち上げてくる店主。──脈絡が無いんですけど。それに、その数値は一体どこから。
どういう意味かと訊ねようとしたのに、「この話はもう終わり!」とばかりに店主はひらひらと手を振った。あいかわらずマイペースだな、この人。
「本当にもう! 怖がらせるつもりじゃなかったのに! だいたい、どうしてそう短絡的に考えるんですか。陸の浮遊霊なんて言うから笑いたいけど、そんなに怯えられたら笑えないでしょ!」
っていうか、まだ笑うつもりだったのかよ? こっちが「もう!」だよ。
「話を元に戻します。あなたが見た男は、浮遊霊でも幽霊でもない。それは了解していただけましたか?」
「は、はい……」
聞きたいことはまだいっぱいあるけど、取り敢えず頷いておいた。急に真面目な顔になった店主、なんか雰囲気怖いし。
「あの男は有名だと、さっき私は言いましたが、何でだと思います?」
俺は今度は首を横に振った。分かるわけないじゃん。
「正確に言うと、<古道具や骨董を扱う業界で有名>なんです。じゃあ、どうしてこの業界で有名なのかというと、あの男が盗みを働いたから。それも、絶対に盗んではいけないようなものを」
「盗んだ……?」
「はい」
「絶対に盗んではいけないようなものを?」
「そうです」
「……」
ふつーに盗みはダメだけど、店主の言うような業界で、絶対に盗んではいけないもの、って……それどころか、触ってもいけないようなものだったんじゃ?
──店主にそのあたりを確認してみると、あっさりと頷かれてしまった。
「普通の神経をしてるなら、まず触りもしないし、ましてや、盗み出すなんてことは考えもしないはずです。例えば、何十年、何百年、下手したら千年もそこに<在る>ようなものを、あなた、どこかに移動させようとか思いますか?」
そう問われ、俺はぶるぶると首を振った。
「そ、そんなこと、考えるわけもないでしょう」
「どうして?」
「だって……よく分からないけど、<それ>がそこに<在る>のには、意味があると思うから……」
うん……何て言えばいいんだろう? そうだな……意味、というか、理由があると思うんだ。どんな理由なのか、それは分からない。分からないけど、怖いというか……おそれ、そう、畏れる気持ちがある。
具体的に説明しろと言われても、難しいけど……、そうだなぁ、神社に行けば何となくお賽銭あげて拍手打って頭下げるし、お寺に行けばやっぱりお賽銭あげてご本尊に手を合わせる。神域で騒ごうとは思わないし、境内でゴミを捨てたりはしない。もしそんなことをしたら、それは──
罰当たりっていうんだと思う。
「だから、そこに<在る>ものを、個人の好き勝手で動かそうなんて罰当たりなこと、考えるわけがないですよ」
考え考えようやく言葉にした俺に、店主は頷いた。




