仏像の夏 2010年8月15日 2
それにしても、と目の前で尻餅をついてる男を見ながら、俺は考える。
まさか待ち伏せ? 物取り? この道、滅多に人が通らないのに。そりゃまあ、他所から来た人間だったら、そんな土地事情なんか分からないだろうけどさ。独り歩きの女性を狙ってたとかだったら許せないけど、それなら何でわざわざ男の俺を襲ってきたんだって話だし。しかも特殊警棒だ。
穿き古しててろてろに薄くなったGパンに、ダサいポロシャツ。どこの床屋でカットしたのか、妙な違和感を感じる髪型。何というか、全体的に薄汚い。こんなのがその辺をうろついてたら、ものすごく目立つだろう、悪い意味で。都会の雑踏ならいざ知らず、この一帯は住宅地が多いからな。仕事柄、この近辺をあちこち歩き回る俺だけど、こんな男見たことないし。
「で?」
俺は男に訊ねてみた。一対一ならスタコラ逃げるとこだけど、俺には居るだけで威嚇になる超大型犬の伝さんがついてるからな。知らないグレートデンに唸られたら、俺だって恐ろしいわ。それにこいつ、もう戦意喪失してるみたいだし、武器もさっき手放したから、伝さんが危ない目に遭うこともないだろうし。
「何でいきなり襲ってきたんだ? 俺、金持ってるように見えるか?」
俺の問いに、男はいきなりまくし立て始めた。どこか怯えたような必死の表情で訴えかけてるみたいなんだけど、いかんせん、早口すぎて何言ってるのかさっぱり分からない。一応、日本語みたいだけど……、妙な抑揚のせいかな、すごく聞きづらいんだ──もしや外国人か、こいつ。
何とか聞き取れた部分を繋ぎ合せてみるに、さっき伝さんと俺が見つけた仏像は、自分のものだ、と主張しているようだ。
「何言ってんだ? それなら先に声掛ければいいじゃないか。俺、拾おうとしてただけだぜ?」
仮にあの仏像がこの男のものだとしても、あんな得物でいきなり襲い掛かってくるなんておかしい。早いとこ百十〇番しよう。こんな不審者にこれ以上係わり合いたくない。そう思い、携帯を取り出した時だった。
また、風が。
ざー
ざざー……
ざざざー
ざざー…………
「で、ね。風が治まった後、ふと木の根元を見たら、その仏像が消えてたわけですよ」
「へえ・・・」
「いくら小さいとはいえ、風に乗って飛んで行ったなんて考えられないでしょう、枯葉じゃあるまいし。だから、突風に煽られてその辺に転がってるのかと思ったんです。けど、いくら探しても見当たらないんですよ」
俺は今、古道具屋・慈恩堂に来ていた。おかしな体験というか、キツネにつままれたというか、何だったんだろあれ?
忘れてしまうには強烈だし、かといって、誰彼かまわず話せるような内容じゃない。こんなこと話したら確実にアブナイ人認定されてしまう。それは嫌だ。仕事が減る。だから仏像→古道具屋、ということで、慈恩堂→古道具屋店主に聞いてもらうことにしたんだ。
「で、その暴行未遂男はどこへ行ったんです?」
どこか楽しそうに店主は訊ねてくる。
「それがですね──」
男は、這い蹲るようにして木の根元を探り地面を撫で回し草叢を掻き分けて、必死に消えた仏像を探していた。その様子は正に、鬼気迫る、という表現がぴったりだったと今思う。
「仏像がどうしても見つからないと分かると、何だかわけの分からない言葉で喚きながら、気が狂ったみたいにどっかへ走って行きました。止める間もあらばこそ、って感じでしたね。」
呆気に取られて男の後姿を見送った後、俺は急いで伝さんと一緒に交番に走り、「不審者情報」として男の人相や身なりなどの特徴を伝え、ヤツが落としていった特殊警棒を預けて来たんだった。
本当に、何だったんだろ? と改めて首を捻っていると、店主がくくくっ、と笑い出した。
「え? 何で笑うんです? もしかして知ってる人だったとか?」
俺の問いに、笑いを堪えながらも慈恩堂店主・真久部さんは答える。
「知ってるといえば、知ってるかもしれません。有名なので」
有名? あの男が?




