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双子のきょうだい 3

「わっ!」


俺は慌ててそれを拾った。尻、というか太腿の下敷きにしてしまったみたいだけど、どっか欠けたりしてないだろうな? この店にあるものはどれもこれも得体が知れないが、値段も同じくらい得体が知れない。それを破損させたとあっては・・・


小さな狛犬を、裏返したり光に透かしたり、矯めつ眇めつ必死になって点検する。弁償しなけりゃならないくらいのヒビが入ってたりしたらどうしよう。


と、俺の手からひょい、とそれを取り上げ、店主が言った。


「もー、せっかちだなぁ。何でじっと待てなかったかなぁ。行き違いになっちゃって、どうするの、君は」


そんなに呆れた声で表情で。


誰に話しかけてるんですか、慈恩堂店主さん。俺に、じゃないのは分かる。でもまさか、その狛犬に話しかけてるんじゃないよね?


店主の掌の上に乗せられた狛犬は、どこかむすっとしたように口を閉じているように見えた。


いや、元から閉じてるんだろうけどさ。


「え・・・と、その、真久部さん?」


「何でしょう?」


物言わぬ狛犬を握ったまま、小首を傾げてみせる店主。・・・いいトシした男がそれやっても、可愛くない。可愛くないのに、似合ってるのは何故なんだ。


いや、今はそんなことどうでもいい。


「あの・・・どこも欠けたり傷ついたりしてませんか? 俺、それ落ちてるの気づかなくて、ちょっと太腿で床に押し付ける形になっちゃったんですが・・・」


「ああ」


店主は手の中の狛犬の背を撫でて、微笑んだ。


「大丈夫。この子、頑丈だから」


「はぁ・・・」


傷がないならいいんだけど。・・・この子? 


「こっちが弟なのかぁ。見ただけじゃ分からないなぁ」


・・・弟?

狛犬の口閉じた方が?


分からん。俺にはあなたの言葉の方がよく分かりません、真久部さん。

いやいやいや、呆けてる場合じゃないだろ、俺。


「狛犬より、子供・・・」


「はい?」


動かぬ狛犬の頭を、いい子いい子するようにぽんぽんとしている古道具屋店主。・・・ペドのヘンタイじゃなかったら、このヒト、動物(?)置物フェチかもしれない。


「ここにいた子供。それと、その子のお兄ちゃん。知ってるんでしょう? 今どこにいるんです?」


「あー・・・」


店主は、何故か掌の上に座らせた狛犬をじっと見つめた。


「さっき、やっぱりこっち来たか、とか言ったでしょ? 俺が、双子の兄ちゃんを探しに来た子供の話をしたら」


「うーん・・・」


「俺、その子に、何でここに来たの? って訊ねたんですよ。そしたら、兄ちゃんのにおいがするからって。ねえ、真久部さん、その子のお兄ちゃん、誰かに攫われたらしいんです。・・・もしかして、あなたが攫って一旦ここに連れて来たんじゃないですか?」


だから、あの子は兄ちゃんのにおいを追いかけて、って・・・ん? 匂いを追いかけて、走ってきた?


あれれ、よく考えたらおかしいな。そんな、犬みたいな・・・


「攫ったのは僕じゃないですよ」


何か大事なことを考えかけたのに、店主のそのひと言で俺は我に帰った。


「え?」


「攫われたのを、保護しただけです。見つけるのがもうちょっと遅かったら、売り飛ばされてるところでした」


危なかった・・・と店主は大きく息をつく。


「う、売り飛ばされる?」


衝撃的な言葉に、声がひっくり返る。何だ、それ? この日本でそんなことがあっていいのか?


驚愕に口をパクパクさせる俺の様子も知らぬげに、店主は語る。


「由緒正しい家柄の子でねぇ・・・双子の弟と一緒にずっと大切に可愛がられてたんですが、もう三日前ほど前になるのかな、不心得者に連れ出されてしまって」


ねー? と、店主はさっきからずっと手に持っている狛犬に、同意を求めるように話しかけている。──大丈夫か、真久部さん。危ないヒトに見えますよ。


そういえば、あの狛犬、何でひとつしかないんだろう? 狛犬って、口の閉じたのと開いたのとでワンセットだったよな、確か。阿形と吽形だったっけ? 片割れはどこに置いてあるんだろう。


吽形の狛犬が落ちてたあたりの陳列棚を目で探ってみたけど、その相方であるはずの阿形の狛犬は見つからなかった。・・・対のものの片方だけしかないっていうのは、何だか落ち着かないよな、とふと思う。


一瞬でも違うことを考えたせいか、<売り飛ばされる>という言葉から受けた衝撃が少しマシになった。


「・・・話を聞いてると、本当に危機一髪って感じですね。どうやって攫われた子を見つけたんですか? だって、身代金、とかいうような話じゃないんでしょう? 攫ったやつらが、う、売り飛ばそうなんてしてたっていうんなら、なおさら。その子の親御さん、警察に相談したんですか?」


俺の問いに、店主は苦笑しつつ首を振ってみせる。それを見て、俺はやるせない気持ちになってしまった。


しょうがないか・・・明確な事件性がない限り、警察は動いてくれないから・・・警部補だった弟は、俺にはあまり仕事の話はしなかったけど、「行方不明者の相談を受けても、動きたくても動けない」というようなことを漏らしたことがあったっけ。<警察>という組織にありがちなジレンマというか・・・


厳しい、というか、シビアな現実を噛み締めていると、店主が「まあまあそう深刻にならないで」と宥めてくれた。──俺、そんなに暗かったかな?


「えーとね。親御、さんが警察に相談しなかったのには訳があって・・・攫ったやつらの目的がはっきりしすぎてたから、手順踏んでるヒマがなかったんで、仕方なかったんですよ」


警察が悪い、ってわけじゃないんです、と店主は言う。


「犯人、というか、犯人たちは、最初から売り飛ばすつもりで<あの子>を攫って行ったんです。何というか・・・そう、由緒正しい古いお家で、ずっと大切にされてるような、そういう<子>が、よく狙われるんです。高く売れるから」


「じ、人身売買組織ですか!」


憤りの余り、声が裏返ってしまった。それに、何だ、そのマニアックな基準は!


「じんしん、て・・・うーん、まあ、とにかく売買組織です。個人であったり、チームを組んでたり、組織といってもひとつじゃないのが却って厄介なんですが、僕たちはそういうのを監視するネットワークを持ってて」


「え、この店って、<子供110番の家>になってるんですか?」


変な大人とかに追いかけられた子供が、逃げ込んで来るのを受け入れる家。

そっか。だからあの弟君はここに来たのか。


ようやく腑に落ちて、うんうんと納得してる俺には、店長の、「それ、違う・・・」という小さな呟きは聞こえなかった。


「あー・・・とにかく、そういう<子>たちが連れ出されたり、攫われたりしたら、すぐに連絡が回ってくるから、そういう面もあるかなぁ?」


どこか曖昧な言い回しをする店長。なんだろ、社会的にいいことしてるのに。善行を他人に知られるのが恥ずかしいタイプなんだろうか。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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