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舌出しの暑がり犬 2016年7月25日 2 終

箸置き? 言われてみれば……。


「確かに……」


箸、置きやすそう。そうか、五客の箸置きのうちの二客。


「残りの兄弟に逢えれば、この子たちも寂しくなくなると思うんだ。それで狛田さんに連絡してみたら、是非譲って欲しいと言ってくださってね」


こちらもそれを聞いてほっとしたんだよ、と店主は微笑む。


「このまま放っておいたら、この子たちここから抜け出して、もういない前の持ち主を探して彷徨うことになってたかもしれない。今も悲しくて寂しくてたまらないみたいだから」


そんなことになったら可哀想だからね、と店主は憂いを含んだ眼差しで置物、じゃなくて箸置きを指先で撫でる。


「元々五匹、というか、五客揃ってたんですよね? こういう古いものだから、どこかで売られてばらばらになってたんだと思うんですけど、その時は大丈夫だったんですか?」


不思議話にしてもそこだけ疑問で、つい訊ねてしまう。すると店主は、これは想像だけど、と語り始めた。


「彼らが売りに出された時、昔飼ってた犬に似てると思ったこの二匹だけをその人は買ったんじゃないかな。常に持ち歩いて、大事にしてたんだろうね。だからこの二匹は寂しくなかった。──だけど、僕が蚤の市で見つけた三匹は心細そうだったなぁ。一山いくらで売られてて。それはそのまま仕入れたんだけど、三匹を買ってもらうなら絶対狛田さん、と思ったんだよ。狛田さん、犬好きだから」


品物見せたら即買ってくれたっけ、と店主は回想する。モノは、大事にしてくれる人に持っていてもらえるのが一番幸せ、と店主は呟いた。


「今回もね、犬の置物なら狛田さんだなぁ、と思ってたの。そしたら実物見て驚いたよ。まさか同じセットの残り二つのほうだと思わなかったもの。これも縁だねえ」


うんうん、と店主は頷きながら、店主は犬の箸置きを包み直した。


「さて、何でも屋さん。散歩がてら、この子たちを狛田さんのところに連れていってやってください」


「分かりました──えーと、真久部さん」

「何でしょう?」


俺は慈恩堂店主の顔を見た。


「真久部さんはその鳴き声、聞いたんですか?」


すると、彼はふふ、とまた怪しい笑みを見せた。


「きみはどう思う? 何でも屋さん」


そんなモナリザの微笑みというか、騙し絵みたいな得体の知れない笑顔を見せられても……。俺は喉を引き攣らせた。


ここは怪しい古道具の集まる慈恩堂。そんなこと、あるかもしれないないかもしれない。けれど俺は関知しないし感知もしない。


「──いや、聞こえたとしても空耳ですよ、きっと」


店主のつまらなさそうな顔は気づかないふりして、俺は箸置きの入った箱を持って慈恩堂を出た。途端に耳に飛び込んでくる蝉の声。


ワッシャッシャッシャッシャ……


嗚呼、真夏の太陽の下、命を燃やして精一杯鳴く蝉の声の、なんと慕わしいことか! なーんて詩人ぶってさっき聞いたこと忘れよう。そうしよう。


──蝉、今日は曇りだけど、頑張れ!







「狛田さん! 慈恩堂さんに寄って置物を受け取ってきましたよ」

「ああ、ありがとう、何でも屋さん」


俺はあれからすぐに狛田さんちに来ていた。さあ、これからコレクション部屋をメインにお掃除だ。あ、その前に。


「それね、置物というか箸置きらしいですよ」

「そうなのかい?」


狛田さんは包みを開けて箱を取り出した。


「あ! これは」


蓋を開けた狛田さん、驚いてる。


「もしかして、同じの三つ持ってます? 以前狛田さんが購入されたのと同じセットのものだって慈恩堂さんはおっしゃってましたが」


まだちょっと真久部さんを疑いながらの質問だけど、狛田さんはうれしそうに頷いていた。


「これこれ、舌をぺろんと出してるのが面白くてね。気に入ってたんだよ。そうか、これで五つ揃ったんだね」


慈恩堂さんにはお礼を言わなくちゃねえ、と狛田さん。


「絶対気に入るはずだから、と勧められてね。そうか、そういうサプライズだったのか」


しかし前に売ったものをよく覚えているもんだねえ、と感心しながら、狛田さんは一旦居間を出てすぐ戻ってきた。


「ほら、これ」


その手のひらの上には、暑そうに舌を垂らした親指大のわんこが三匹。箱の中の二匹とは色調や耳、尻尾の形が微妙に違うけど、ひと目で同じ一揃いだと分かる。どこの誰が作ったのか知らないけど、その人は犬が好きだったんだろうな、と思わせられる。


「本当だ。これでセットですね」


五匹並んだ夏のわんこが、揃って暑そうに舌を出してる。うん、とてもユーモラスだ。


「食事のたびに三匹をローテーションしてたんだよ。今日からは五匹だねえ」


狛田さんはにこにこしてる。よっぽど気に入ってるんだなこのわんこたちを。先に来ていた三匹は毎日狛田さんに可愛がってもらって、きっと何の憂いもなく満ち足りているんだろう。後から来た二匹も、前の持ち主に先立たれた悲しさ寂しさを、少しずつ癒されていくに違いない。


「さっそく使ってみようか。何でも屋さんも一緒にどうだい? ちょうど昼だから寿司を取っておいたんだ。さっき届いたところなんだよ」


「本当ですか?」


思わず声が裏返る。おおっ! 狛田さん太たら太っ腹!


「ありがとうございます! 是非ご相伴にあずかります」


ちゃんとした寿司なんて滅多なことじゃ食べられないから、俺の顔も今にっこにこに笑み崩れてるに決まってる。インスタントじゃないお吸い物もあるんだって。ひゃっほう! 割り箸でも、きちんとした箸置きを使うとなんかこう、グレードが上がったように感じるもんだなぁ。


たらりと舌を垂らしたわんこが、うれしそうに尻尾を振ってるような気がした。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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