コンキンさん 2016年5月15日 16
いきなりのトーンダウン。さっきまでの興奮が嘘みたいだ。
「はあ……祠巡りの後継者について相談されてから、僕も探していたわけだよ。この仕事をしていてそれなりの伝手だってあるしね……見つからなかったらあの辺りが大変なことになるし……」
大変なことって何だろう? とか思っても、聞いてはいけない。真久部さんが聞いて欲しそうにこっちをちらちら見てるのが分かってても、ここは華麗にスルー。それが慈恩堂絡みの仕事をこなす秘訣。
「つまり、あの佐保くんが後継者候補、というわけなんですね」
気づかぬふりの俺の言葉に、拗ねたように唇を尖らせる真久部さん。そういう表情もわざとだって知ってるから、敢えて指摘しない。
「候補というか、ほぼ確定だろうとは思うけどね」
疲れたようにひとつ溜息をついて、真久部さんは何ごとも無かったかのようにしゃんと起き上がった。
「明日、御見舞いがてら竜田さんに報告してくるよ。きみも間を見て病院に行けるようだったら顔を見せてあげてくれるかな? 竜田さん、心配してたから」
そんなに心配されるような仕事って──もういいや、今更だ。無事に終わったんだし。ちょっと怖いこともあったけど、俺は元気です。って報告に行くことにしよう。
「じゃあ、佐保くんの連絡先、真久部さんに託していいですか? 本人も祠について聞きたいっていうから、そのあたりのことも竜田さんと話し合って結論出してもらえたら有難いというか、俺も肩から荷物を下ろした気分になれるというか」
「ああそうだね。ここから先は竜田さんとその佐保くんの問題なんだし……話し合って、互いに納得できなければ、──引継ぎなんて出来ないからね」
達観したように言葉を続ける真久部さんは、今回のことについてどんなふうにどこまで関わってるのか、まるで分からない。だけど、真摯に対応しているらしいことだけは信じられるから、あの佐保青年のことを任せておいても大丈夫だろう。
そう思い、俺は心の中だけで大きな溜息をついたのだった。
カッチカッチ、時を刻む古時計の音。そんな時計がいくつかあって、微かにずれる秒針の音が妙に眠気を誘う。しーんとして、これがいつもの慈恩堂。しばらくは二人でお茶を啜る音だけがしていたんだけど。
「結局のところ、今回のことって仕組まれてたのかなぁ……」
溜息交じりに真久部さんはそんなことを言う。
「今日俺たちが怖い目に遭ったことが?」
まさかと思いながら訊ねてみると、頷く。
「そうだよ。竜田さんが病気になって、代わりに何でも屋さんに祠巡りに行ってもらうことになったのも、そこに佐保という若い男が現れたのも、全て」
──祠守りの世代交代のイベント。
真久部さんはそう言った。
「たとえば竜田さんでは、アレが出たとしても一人前の男をその意志を無視して引き摺って走ることなど出来なかった。佐保という男は、それほどの恐ろしい目に遭わなければ祠に関心を持つことなど無かった。──そういうことなんだろうと思うよ」
「……」
否定出来ないのは、その言葉に説得力があるせいだ。まあ、否定する必要も無いんだけど。
確かに、高齢の竜田さんに佐保青年を引っ張って走る力があるとも思えないし、佐保青年も本当に痛い目に遭わなければ、あんなふうに謙虚な気持ちになることは無かっただろう。
「竜田さんもね、若い頃やんちゃしてたらしいんだけど、何かきっかけが──それは教えてもらえなかったけど、とにかく何かがあって、それをきっかけに祠守りをすることになったっておっしゃってたよ。もし祠守りにならなかったら、自分はロクなものにならず、ロクでもない人生を送って、ロクでもない死に方をしただろうと」
「佐保君も同じだと……?」
「さあ。でもきみの話を聞くかぎりでは、彼は竜田さんの若い頃のような青年のように思えるね。それに、彼は四つの祠への供え物を正確に言い当てたんだろう? 竜田さんもそうだったらしいよ。突然頭に閃いたって」
啓示みたいなものなのかもね、と一人納得している真久部さん。
まあ確かに、俺もあれには驚いたよなぁ。駄菓子と酒とぼた餅と稲荷ずし。俺が二番目の祠に供えたのはおはぎだったけど、おはぎとぼた餅は同じもので問題ないし。ってことは、佐保青年はナチュラルボーン・祠守りだったのか? あの四つの祠専用の。
「ん? ってことは、世代交代を仕組んだのは……?」
キリがいいのでここまでにします。
あと一回で終わりです。




