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双子のきょうだい 2

「まさか・・・」


無意識に呟く声が、店内の静寂に吸い込まれていく。


慈恩堂店主は、ごく普通の人間に見える。年齢不詳だけど。不細工ではないが、かといって、物凄く男前ってわけでもない。物腰はいつも穏やかで、声を荒げるところなど見たこともない。


だけど、俺の死んだ弟(警察官だった)は言ってた。いかにも犯罪者らしく見える犯罪者より、一見しただけでは逸脱したところの見えない、いわゆる<ごく普通の>人間の犯罪の方が怖いって。


「おじさん、おじさんてば」


「え? ごめん、呼んだ?」


子供は可愛らしいほっぺをぷくっとふくらませた。


「さっきからよんでるのに。おじさんもぼんやりさんだね。ぼくの兄ちゃんといっしょだよ。そんなんだと、さらわれちゃうよ?」


うう。子供に諭されてしまった。


「ごめんよ。大人になるとね、考えなきゃならないことが増えちゃってね・・・」


自分の雇い主が、小児性愛者かもしれない、とかさ。

って、ちょっと待て、俺。


「ああっ!」


無意識に上げた声に、子供はまたまたびっくりしたらしい。目を丸くして、小さな身体を強張らせている。


「いや、何でもないよ。驚かせてごめん」


突然姿を消した兄ちゃんを探しに、たった独りでこんなところまで辿り着いた子供を、これ以上怖がらせちゃいけないよな。


俺はへたくそに笑ってみせた。


に、にっこり。


じーっと俺の顔を見つめていた子供の身体から、ゆっくりと力が抜けていくのを見て、俺は何となくほっとした。


「もう。おじさんたら、おちつきがな~い。おとなのくせに、それってどうかとおもう」


ぷぅ、と頬をふくらませる子供。


「あはは、そうだね。ホントごめんよ」


に、に、にっこり。──笑顔がちょっと引き攣ったかも。


子供に呆れられるオトナってどうよ、と自分でも心の中で突っ込みつつ、俺は大人がまずしなければならないことを、まだやってなかったことを思い出していたのだった。


慈恩堂店主が幼児性愛者なのかどうかは、とりあえずまた後から考えることにして。


「えっと。君、出かけることは言ってきたっていうけど、お家の人は君のこと、心配してると思うんだ。だから、君の名前とお家の名前を教えてくれるかな?」


名前を聞き出すのは迷子(というのも微妙かもしれないけど)を保護した時の基本だというのに、色んなことに動揺していた俺は、そんなことをすっかり忘れてしまっていたんだ。


「ぼくのなまえ?」


男の子は俺に、というよりは、自らに問いかけるようにふと首を傾げた。

何だろう、この反応・・・? まさか、忘れたとかじゃないよな。


「ぼくは、オメガっていうんだ」


答えが返ってきてほっとしけど・・・オメガ・・・? 偽名、じゃないよな。今流行りのいわゆるD○Nネームというやつだろうか。高級時計から取ったとか?


ま、まあいいや。


「そ、そうか。ちょっと変わった名前だね。で? お家の名前というか、苗字は?」


「おうちのなまえはね──」


子供が答えようとしたちょうどその瞬間、突然店のドアが開かれた。


「ただいまー! じゃなくて。忘れ物しちゃったんで、戻って来ました」


そこには、朝、急いで出かけたはずの慈恩堂店主が、暢気な笑みを浮かべて立っていたのだった。


「いやー、僕もたいがいぼんやりしてますね。出かける前に荷物の点検したのになぁ」


予想外のことに言葉を失っている俺に気づかず、店主はしゃべりながら店の奥の収蔵庫に向かう。


「あ、真久部さん、ちょっと待って」


重い引き戸の向うにその長身が消える前に、俺は慌てて声を掛けた。

いや、だから。子供。あんたの忘れ物より、ここにいる子供。そっちの方が先。


「この子、どこの子か知りませんか?」


「この子って?」


俺の声に足を止め、こちらを振り返った店主は、訝しそうに訊ねてくる。


「え? だから、この子。──って、あれ、どこへ行ったんだ」


ついさっきまでここにいた子供。ちょっと目を離した隙に一体何処へ? がらくた、もとい、古道具の詰まった棚のどこかに隠れてしまったんだろうか?


立ったり、しゃがんだり、背伸びしたりして、雑多な古道具の並べられている棚の間を探す。が、子供はどこにもいない。しまいには表のドアを開けて外までのぞいてみたけど、後姿さえ見つけることは出来なかった。


そりゃそうだわな、だってさ、慈恩堂店主が入ってきた時、あの子は俺の目の前にいたんだから。戸口に立ってる店主に見つからずに外に出るなんて、不可能だ。


「あれ? 君の言ってた子は?」


肩を落として店内に戻ると、ちょうど店主が収蔵庫の戸口から出てくるところだった。俺があちこち探し回ってる間に、忘れ物とやらを見つけることが出来たんだろうか。


「いや、それが・・・」


何て説明すればいいんだろう?


「まだ五歳か六歳くらいの男の子で、兄ちゃんが攫われたから追いかけて来たら、この店でその兄ちゃんのにおいがして、それで・・・」


店主は目を丸くして俺の顔を見ている。


うん。俺が何言ってるのか分からないんだろうな。自分でもそう思うくらいだから、そりゃそうだろうな。


「えーと・・・だから、その子、双子なんだよ。双子の兄ちゃんを探しに来たって──」


ふっ、と口の中で言葉が消える。

・・・本当にあの子、どこへ行ったんだ?


店内のあちこちに視線をさ迷わせながら立ち尽くす俺の耳に、慈恩堂店主ののんびりとした声が滑り込んできた。


「あー、やっぱりこっち来ちゃったか」


「え?」


何かを納得したようなその物言いに驚いて、思いっきり店主を振り返ったら、首の筋がピキッと鳴った。痛い・・・


「あれ、どうしました? 大丈夫?」


片手で首筋を抑えて悶絶する俺に、心配そうに近寄ってくる店主。

いや! だから! 俺の首なんかより!


「やっぱりこっち来たって、どういうことです? あの子のこと、あなたやっぱり知ってるんでしょう!」


俺は店主の肩を掴み、もどかしく揺すった。

この人は、やっぱりペドフィリアだったのか・・・


俺にがくがく揺すられながら、店主は緊迫感のない声で抗議する。


「やーめーてームチウチになるー」


「ペドのヘンタイだったら、いくら雇い主でもそれくらいで済まさないですよ!」


そうだよ、俺にだって今年小学二年生になった娘がいるんだから。人の親として、小児性愛者なんて他人事でも許せない。


「ぺ、ペドのヘンタイって・・・」


どうしてそうなるんですか、と力なく呟きながら、店主は足が萎えたようにその場に座り込んだ。俺もその肩を掴んだまましゃがみ込む。


と。


「ん?」


しゃがんだ太腿のあたりに、ごろっとした石のような感触。陳列棚から何か落ちたか? 


店主から手を離し、肩越しに下を見る。そこには、大人の掌よりちょっと大きめの狛犬がひとつ、ころん、と転がっていた。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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