コンキンさん 2016年5月15日 13
「僕もね、何でも屋さんに聞きたいことがあるんだ。聞きたいことっていうか、今回の報告をお願いしたい。竜田さんから頼まれたんだよ。普通に祠巡りが終わってたならいいけど、そうでなかった場合の説明とかアドバイスとかをね」
竜田さん、まだ長時間の面会は疲れるみたいだから、と説明する真久部さんは男性ながらに麗しい笑顔を見せてくれるけど、俺からするとどうも胡散臭く見えてしょうがない。年齢不詳だしな、この人。
なんとなく溜息をついて、長身の背中について歩く。そんなんじゃないはずなんだけど、どうしてかドナドナされる仔牛の気分。
肩を並べて駅裏商店街をしばらく歩くと、ビルの狭間の半地下に店舗出入り口を持つ慈恩堂にたどり着く。店主が鍵を開けてくれるのに続いて入ると、そこはいきなり雑多な骨董品の溢れかえる世界。
蒔絵が施されているらしい煤けた箱に、螺鈿細工の花台、複雑な模様のある銀色の壺、木彫りの仏像、珊瑚の帯止め、象牙みたいな色の何かの動物の置物、陶器の火鉢、きれいに並べられたいくつもの刀の鍔、透かし彫りが美しい銀の丸い釣香炉、鉄瓶、掛け軸、大きな絵皿……。
うん。相変わらず怪しい。
じっと見つめるのは何か怖いので、早々に目を逸らす。そうしているうちに真久部さんが帳場(今風に言うと事務所兼レジ、だな)にでんと置かれてる、丁寧に磨かれて黒光りしているこれも骨董品なんだろう文机に、お茶の用意が出来たからと声を掛けてきた。
「今日はお疲れさまでした」
お茶と茶菓子を勧めてくれながら労ってくれる。
「いや、まあ。今回の依頼主は竜田さんなんだし……」
ぼそぼそと答えながら俺はありがたくお茶をいただく。うーん、絶妙な蒸らし加減だ。すっきりとしてるけど仄かに甘く、隠し味のような渋みが味わい深い。湯飲みを両手で包むようにしながらゆっくり啜っていると、ほっと肩の力が抜ける。それだけで今日体験した諸々の不可解な出来事を忘れられるような気がした。
お茶請けの○セイのバターサンドを頬張る頃には、すっかり寛いだ気分になっていた。
真久部さんも湯飲みを手に時折お茶を楽しみながら、そんな俺をにこにこしながら眺めている。心底美味そうに食べる様子が楽しいと、以前そんなことを言ってたことがあったっけ。
「えっと。そろそろ本日の祠巡りについて聞かせてもらえるかな? 四つとも無事に巡り終えたんだろうな、と思ってるんだけど」
その問いには自信を持って答えられる。俺は大きく頷いてみせた。
「第一の祠には稲荷ずし、第二の祠にはおはぎ、第三の祠には清酒、第四の祠には駄菓子。きっちりお供えしてきました。もちろん、お供えをする前にはそれぞれ心をこめてきれいに清掃しました。その後はちゃんと手を合わせて礼拝もしてきたので、問題は無いと思います」
「えっと、その……何か変わったことはなかったかな? たとえば、四つめの祠にお供え物をして手を合わせた時なんか……」
どんなことでもいいので、思い当たることがあったら教えてください──。そんなふうに訊ねてくる真久部さんに、俺は軽く目を閉じて、あの時のことを思い出そうと努めた。
ん? そういえば、あれは変わったことになるのかな?
「風の音が……」
無意識に呟いた声を拾って、真久部さんが訊ねてくる。
「風もないのに、その辺り一帯の草原がざわめいたりしたとか?」
「いやいや、それは羆とかが出てくるフラグでしょ? 無いですよー」
念のために言っておくと、野犬も出ませんでしたよ、と付け加えておく。怖いこと言わないでほしいよ、まったく。
「今日は風がきつかったんです。──ほら、虎落笛ってありますよね? 冬の強い風が垣根や柵を通り抜ける音。あんな感じだと思うんだけど、最後の祠に供え物をして手を合わせ、さて、と立ち上がったその瞬間に聞こえたから、なんかもう我ながらみっともないほど驚いちゃって……」
目に見えないものがピシッと張り詰めた、みたいな錯覚もしたよな、と俺は思い出してつい苦笑する。
「オオオーって、まるで人の声みたいに聞こえたんです。本当に唐突にそんなふうに聞こえたから、びっくりしてしまって。ちょっとちびりそうになりました」
風向きの加減なんだろうな、と分析していると、真久部さんは妙な顔をした。
「それは警蹕だったんじゃ……」
「けーひ? 何ですか?」
「けーひ、じゃなくて<けいひつ>なんですが……。まあいいや。ともかく無事結界が結び直されたようですね」
最後の方が早口で聞き取りにくかったけど、真久部さんが何やら納得するように頷いているので良しとすることにした。
「音に気を取られている間に、供えたおいしい棒が強風で飛んでしまったのがちょっと間抜けでした。けど、一応言われたことは全て終わらせたし、ああいうのは筋を通したならそれでいいって、以前真久部さんもおっしゃってましたよね? だからもういいかな、と思いました」
それでもまあ、持ってたアンパンを供え直してきたんですけどね、と俺は釈明しておいた。小腹がすいたら食べようと思ってたものだったけど、今もっとリッチな○セイのバターサンド食べてるからいいや。
「でまあ、そこまでは良かったんだけど──」
「良かったけど……?」




