コンキンさん 2016年5月15日 12
それから。
何とか落ち着いた俺たちは、とりあえず男の車に戻ることにした。
歩きながら、男は携帯でJ○Fを呼んだ。道路脇に停まった段階で既にガス欠寸前だったらしい。エンジンもダメっぽいかもと肩を落としつつ、たどり着いた車のドアを開けた瞬間、男は引き攣った悲鳴を上げた。
「ど、どうしたんだ?」
訊ねても、真っ青な顔をした男は唇を震わせるだけで何も言わず、ただ車の中を指差す。そのただならぬ様子に慄きつつもそうっと中を覗いてみて、俺もまた腰を抜かしそうになった。
何でって。
バックミラーに引っ掛かってる赤い「さるぼぼ」のマスコットが、めちゃくちゃに引き裂かれていたんだよ……!
荷物が重い。清掃用の水が無くなったぶん軽くなってるはずなのに。
死ぬほど恐ろしかった祠参りを終えて、俺はようやく最寄り駅に帰ってきた。まだ西の空が明るい。
行き帰りに特急に乗るような遠い場所での仕事だったんで、何かあった時のために今日は一日他の仕事を入れてなかったんだけど、そうしておいて良かった。あの場所からは男と一緒にJ○Fの車に乗せてもらえたから良かったけど、そうでなけりゃもう夕方までバスが無かったからなぁ……。そんな時間まであのあたりにいて、またコンキンさんが出たらと思うと背中に嫌な汗を掻いてしまう。
ちなみに、男の車はガス欠の上にどうやらエンジンもダメになってしまったっぽい。J○Fのレッカー車にドナドナされる汚れてボロボロになった車は、スクラップ寸前に見えた。新車だったらしいが……。あいつ、どこのお坊ちゃまだよ。
それにしても、「さるぼぼ」マスコットがズタズタになってたのは、本当に怖かった……。あれは男のお祖母ちゃんが拵えてくれた一品ものだったという。腹掛けに孫である男の名前の刺繍された「さるぼぼ」は、まさに「身代わり猿」となって男の命を守ってくれたんだな……。
男──佐保というらしいが、佐保はそんなダサいもん嫌だと拒否したものの、とにかくどこでもいいから車内に飾っておかないとお小遣いやらんと言われ、嫌々ながらバックミラーにぶらさげていたという。
俺は祖母ちゃんに感謝しろよ、と言っておいた。佐保はさすがに神妙にしていた。J○Fに車を任せて駅前で降ろしてもらった俺たちは、連絡先を交換して別れた。あのセイフティゾーンを形成する四つの祠について、色々知りたいのだという。
「ま、いいか……」
ひとつ呟いて、俺は荷物を背負い直した。どうせ竜田さんが退院するまで俺にはどうにもしようがないしな。祠のことだって事前に聞いたこと以外は知らないし。
「やあ、何でも屋さん!」
棲家のボロビルに向かって歩き出そうとしたところで呼び止められて振り返ると、慈恩堂の真久部さんが信号の向こうで手を振ってるのが見えた。きっちり青になってから幅の狭い横断歩道を渡ると、俺に近づいてくる。
「今、そちらの事務所に寄った帰りなんだよ。今日は竜田さんの祠巡りの仕事だったでしょ? 無事に帰ってくれるか心配で」
「あのー。これってそんなに危ない仕事だったんですか?」
引っ掛かるものを感じて、俺は問いかけるように真久部さんを見た。
確かに、竜田さんから真久部さんの紹介って聞いた時には「なんだかなー」と思ったよ? 慈恩堂に少しでも係わると何かしら不可思議な現象に出会ったりするから、心構えをしておかないと心臓に悪いからさ。
だけど、今回の祠巡りはうちの何でも屋お仕事カテゴリ的には普通の墓参りと同程度のはずなんだけど。それなのに、帰りを心配されるほどの危険があったと?
「そういうわけでは……あったりなかったり。どうだと思う?」
聞いてるの、こっちだっていうのに。
俺は真久部さんの涼しげな男前面をじとっと見つめた。すると、ちょっと慌てたように謝ってくる。
「ごめんごめん。そんな怖い顔しないで。でも、本当にどちらともいえないんだよ。──何でも屋さんなら危なくない、っていうのが一番近いかな?」
「俺なら大丈夫って、……どういうことです?」
真久部さんはすまなそうに苦笑して、提案してきた。
「ここからはうちの店近いし。家に帰るまでにちょっと一息、お茶でもどう? 始発で出掛けて今帰りなわけだから、疲れたでしょ。美味しいお茶とお菓子があるよ。確か、濃い緑茶とラムレーズンの入ったバターサンドの組み合わせを気に入ってたよね?」
前に慈恩堂の店番を請け負った時、俺が食べてたのを覚えてたのか。そういうところは客商売だなぁ、と思う。
「じゃあ、お邪魔させていただいていいですか? 俺も聞きたいことがあるし」
もちろんだよ、と真久部さんはにっこり笑った。




