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コンキンさん 2016年5月15日 9

「な、何でだよ!」


そりゃ、いきなりそんなこと言われたら面食らうわな。だけど、大事なことなんだ。


「いいから。君はそうしなきゃいけない。百円くらい持ってるだろ?」


ズボンのポケットでちゃりちゃり鳴ってたのを知ってるよ、と言うと、カツアゲかよ、と吐き捨てながら男はしぶしぶポケットの中から百円玉を探り出し、温和しく俺の差し出した手のひらに乗せた。有無を言わせない雰囲気に気圧されてくれたようだ。


よし! これで安心。俺はホッとしつつ、渡された百円玉を財布に収めた。


「……なあ、これってどういう意味があるんだよ?」


「それを説明するには、まずあの音が何なのかってことからだな……」


「アンタ、知らないって言ったじゃん!」


うん、確かにね。さっき訊ねられた時にはそう答えた。だけどさ、あれが何なのかは分からないけど、動機? は分かったような気がする……んだ。


「同類だと思ったんじゃないかな」


「何を?」


「君の車の改造エンジンの音だよ」


俺の推測を聞いた男は、「ハァ?」と言った。「ハ」が低くて、「ァ?」で上がる抑揚だ。


「あの音──便宜上、コンキンさんと呼ぶか。コンキンさんからすると、改造エンジンの音は自分と同類。ほら、どっちも耳に響いて煩いとこが似てるだろう?」


「アァ?」


男はまた低→高でひと言。その反応に、俺はわざと呆れた顔をしてやった。


「まさか、自分の車は煩くないとでも? わざわざ煩くしてるからこその改造エンジンなんじゃ?」


「……」


不満そうに男は口元を歪めた。そんな顔されても、俺本当のこと言っただけだし。


「片側が山に接したこの平地は、何もない野っ原。大きな音を立てると容赦なくこの辺り一帯に響き渡っちゃうよね。コンキンさんは、それを同類だと思って出て?来たんじゃないかな、と俺は思ってる」


確かめる術も無いけどさ、と俺は続ける。


「同類と友誼を結びに来たのか、それとも──」


「ゆーぎをむすびに、って何だよ?」


「……お友だちが来たと思って仲良くしたくて出てきたのか、それとも縄張りにライバルが近づいて来たと思って追い出すために出て来たのか。ねえ、君はどっちだと思う?」


そう、友好か敵対か。そのどっちかだと思うんだよな。俺の問いかけに、男は考え込んでいるようだ。


「俺だったら……」


「うん」


「知らないヤツが俺のホームを荒らしやがったら、全力でぶっ潰しに行く!」


心なしか鼻息が荒い。ま、コイツらしいわな。


「そうだよね。友好か敵対か、ってさっき俺は言ったけどさ、ぶっちゃけ、コンキンさんは敵対してきたと思うんだ」


そう語って、俺は男の顔を見た。さっきの土気色よりはマシになってるけど、まだまだ普通じゃない。目が血走っちゃってるもんなぁ。


俺も似たような顔をしてるんだろうな、と遠い目で思いつつ、言葉を続ける。


「まあ、何ていうの? 同属嫌悪みたいもん? つまり、似たもの同士ってことだけど」


「あんなんとどこが似てるってんだ!」


男の怒りをさらりと流して、俺は指摘した。


「煩いところと縄張り意識の強いところ」


男はぐっ、と黙った。


「コンキンさん敵対説の根拠としては、あの時、ものすごく怖く感じた、ってことなんだ。あの時──コンコンキンキン鳴ってた時、君はどう感じてた? 俺は怖かったね。腸が裏返るかと思ったくらい、恐ろしかった。あれは敵意だよ。むしろ、必ず殺ッてやるっていう明確な害意」


「……」


音が響いていた時、どっか真っ暗なとこにどこまでも落ちていくような感覚、しなかったかい? そう訊ねると、男は身震いした。暗い顔で頷く。


「音が鳴るたび……脳みその真ん中を角材で殴られるみたいだったよ……そんで、ぐしゃぐしゃに潰される感じがした……」


「……」

「……」


二人して押し黙った。あの時の、背筋が凍りつくような得体の知れない恐怖、悪寒、戦慄、畏怖。底なしの崖に突き落とされたような絶望……ありとあらゆる負の脅威にさらされた、永劫とも思える時間。あれを思い出すと、全身が硬く強張って石に変わってしまうかとさえ感じてしまう。


「何ていうか──やんのかよ、コラ、みたいな感じ?」


俺以外に聞いてる者はいないのに、辺りを憚るように声を潜めて男は言う。


「いや、むしろ……俺様の領域を侵す不逞の輩めが、この世に生まれたことを後悔させてくれるわ、みたいな?」


殺る、と書いてヤるつもりだったと俺は想像するね、と続けると、男は力の無い声で訊ねてきた。


「……何で俺たち助かったんだ? 俺は本当に──今だから言うけど、死ぬって、殺されるって思った」


「それは、分からないか? セーフティゾーンに駆け込んで息を潜めていたからに決まってるじゃないか」


男は虚ろな目で周囲を見回した。


「こんな何も無いところが、セーフティーゾーン? 道路脇にも同じような草生えてるじゃん。どこにいたってとにかくじっとアレが通り過ぎるのを耐えてれば凌げたんじゃねーの?」


「いや、分かりやすくセーフティーゾーンって言ったけど、ここは結界に守られてる。外にいたら──まあ、命を取られたと俺は思ってる」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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