コンキンさん 2016年5月15日 8
喉の奥から無理やり押し出したような、掠れた声。俺を見るその目は化け物でも見るかのように恐ろしげに見開かれて……。
って、何でだよ!
「俺はふつーの人間ですー!」
つい、子供っぽく反論していた。
「そ、そうかよ……」
思わぬ勢いに気圧されたのか、男は少し怯んだようだ。ふんっ! 変なこと言うからだ。
「俺が今日ここにいるのは、仕事。祠の清掃を頼まれたんだ。それとお供えな」
「うそくせー。そんな仕事があるのかよ?」
「あるよ。墓参り代行とか、いろいろ。忙しい世の中だからさ。そういう隙間を埋めるみたいな仕事、してるんだよ」
ほら、と俺は清掃グッズの軍手と手箒を取り出してみせた。
「タワシもあるよ。これで石の表面に付いた埃や苔を擦るんだ。──で、さっきの話の続きだけど」
君が見当違いなこと言うから話が逸れたんだけど、と睨んでおく。
「この場所に来る前、依頼主に注意事項として聞いたんだ」
──祠の清掃とお供えは、朝から始めてもらったら昼には終わるだろうだから、心配はないと思うんだが……もしも、もしもだよ、どこからともなく硬い木を打ちつけるような音が聞こえてきたら、全てを放り出してでも、すぐに四つの祠を結んで出来る四角形の内側に入りなさい。そして、音が完全に聞こえなくなるまでそこから出ちゃいけないよ。
これを言った時の竜田さんの顔……見開いた目が血走ってて、怖かった……。うんと言うまで、絶対許してもらえないと思った。もちろん、拒否する意志も意味もないからそれはもう力強く「はい!」って言ったけどさ。
男に説明しながら、あの、何かに堪えきれずに押し殺したような震え声を思い出す。うう、背中がぶるっとする。
「その音が聞こえてきたとして、もしもそこに入らなかったらどうなるのかと聞いてみたら──、最悪、命を取られるかもしれない。だから絶対に言われた通りにしなさいと念押しされた」
そう言葉を締めると、男はあの時の竜田さんのように、細く掠れたような声を絞り出した。
「な、なんだよ、それ。嘘だろふざけんなよ、そんな……」
「嘘、ねぇ……」
あんな真顔で吐く嘘、ねぇ。無いと思うよ。仮に俺を騙したとして、竜田さんは何の得もしない。
「いい大人が、金銭の発生する仕事を依頼した相手に嘘吐いてどうする?」
「だけどそんなバカらしい話……」
納得出来ないらしく、ぶつくさ言ってる。だから話したくなかったんだよな。俺はそっと溜息をついた。
「信じたくないなら、別に信じなくてもいいよ。俺だって話を聞いた時は半信半疑だったし」
「半分は信じたのかよ?」
嘲るように口を歪めてみせはするけど、強がりだというのはすぐ分かる。だってさ、こいつ腰を抜かしたままだもん。それに触れるとまたややこしくなるだろうから、俺はそのまま続けた。
「そうだよ。だからこそ助かることが出来たんじゃないか」
あのまま道路に突っ立ってたら──いや、車の中に居たって危なかったんじゃないかな。そういう感じがする。証明出来ないけど。
「あの現象? が起こるとしたら、それは昼間の明るいうちではない、と依頼主は言ってた。気をつけないといけないのは、黄昏時──昼と夜の境目だとも。だから、俺は全く気にしてなかったというか、すっかり忘れてた。予定では昼過ぎには全て終わっていて、今頃は帰りのバスに乗ってるはずだったから」
「だったら、何でまだ明るいのにあんな音……」
男が言いかけたのを遮って、俺は真剣な声で告げた。
「それより先に、俺に百円渡してほしい」
この話はまだブログのほうで連載中なので、こちらが追いつかないかと冷や冷やしています…。




