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コンキンさん 2016年5月15日 6

「もしかしたら、あの道を走ってたんじゃないか? ほら、えーっと何だっけ、あそこの何とかスカイライン」


俺は、風にざわめく草原(くさはら)と疎らな木々の向こう、だんだんと林になり森になり、山になってる辺りを指さした。


「あそこの山肌に道路があるのが見えるだろ? ジグザグになってる。傾斜が急なんだろうな」


ああいうの、スイッチバックっていうんだっけ? 確か。


「あの道を走ったんなら、右から左へ、左から右へ、長い距離を走りながら上るわけだから、エンジン音が行ったり来たりしているように聞こえても不思議じゃないと思う。あっちは山で、こちら側は開けてるから、音もよく響くだろうし」


わざわざ煩くなるように改造してあるエンジンならば、この一帯に響き渡るんじゃないか? 自分の名推理(?)にひとり納得していると、男が言った。


「俺、山道なんか走った覚えない」


「いや、だけど、Uターンとかしてないって言ってたよね」


「してない! してないけど、山道を走ったっていうなら、どうして周りの景色が変わらなかったんだよ……ずっと、ずーっと、道の両側は草しか無かった」


「……」


うーん、ジグザグ・スカイラインを上って下りて、逆の方からまたこの道に戻ってきたんだと思ったけど、違うんだろうか。


他に考えられる可能性としては……


「スピード出しすぎて、ランナーズハイならぬ、ドライバーズハイになってたんじゃないか? 脳内麻薬のせいで記憶があやふやなのかも」


それだと半分寝てるみたいなもんだし、と続けると、男は首を振った。


「そんなわけ……」


言葉では否定しかけるが、声に力が無い。俺はふう、と溜息をついた。


「まあ、事故ったわけでもないし、何だっていいんじゃない? ただ、今後は気をつけたほうがいいと思う。幸運は毎回続かないから」


そうでないと、目を開けたまま電信柱に突っ込むことになるよ、と俺は男を諫めた。


「で、俺に何か用?」


道でも聞きたかった? と訊ねてみる。ま、そうなんだろうけど。道に迷ったら、そこにいる人に聞くのが一番早いもんな。ちゃんと目を開けてたら迷いようもない一本道なんだけどさ。


「そうじゃねぇ……いや、そう、だったのかな。対向車にも全然会わなかったし、アンタ以外に人影も見つからなかったし」


そりゃこんな畑も田んぼも無い野っ原に、普通は滅多に人はいないわな。煩い改造車ドライバーには好感持てないけど、これだけ憔悴してたら仏心のひとつも湧いてくるってもんだ。だから、「ちょっと車を脇に寄せて、降りて外の空気でも吸ってみれば」と提案しようとしたところで、その音が聞こえた。



コーーォン

コキーーン



びくっとした男が、辺りを見回そうとする。

「な、何だ、この音」



コーーーーン

コーォォォン



どこから聞こえてくるのか分からない。



コーーーーォンーンーン

コキィィィーーーーィンンン



空は相変わらず明るい曇り空で、丈高い草叢を渡る風は強い。

だけど──



コォォーーーォォォンーーンーーンン

コキィィィーーーーーーィィンンンンンン



まるで風を薙ぎ払うかのように、音が迫ってくる。乾いた硬い木を打ちつけるような、音の狂った木琴を力任せに叩いているみたいな──


聞いたことのない音にびくつきながら、不安そうに目をきょろきょろさせている男を、俺は車から引き摺り出した。突然のことに抗議する男を無視して、腕を掴んだまま走る。普通だったら俺よりガタイのよさそうな若い男を、その意志を無視して引っ張って走るなんて無理だ。これが火事場の馬鹿力ってやつか。


そんなどうでもいいことが頭をかすめたが、とにかく夢中で俺は祠を目指して走った。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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