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コンキンさん 2016年5月15日 3

次は、と。西に向かって百メートル。うん、こっちも獣道みたいにかすかな道筋が出来てるな。密かに竜田ロードと名付けようか。時折の風にざわめく深い草叢と、繁茂する低木、たまにあるちょっと背の高い木。白い金平糖を盛ったみたいにもこもこ咲いてる初夏の花たち。


どこかで鳥が鳴く。


へほへ へほへ へほへ


……うん、いつ聞いても力が抜ける声だな。何ていう名前か知らないけど、俺と弟は「へほへの鳥」って呼んでた。──ああ、そうだ。あの時あの山のハイキングコース。弟と二人で「へほへの鳥を探しに行こう!」って道から逸れてさ。それで迷子になりかけたんだっけ。母さんと父さんにこっぴどく叱られたなぁ……。


へほへ へほへ へほへ


まあ、なんだ。この間の抜けた鳥の鳴き声を聞いてると、忘れてた子供の頃のことが思い出される。不思議だな、へほへ。


そんな鳥の声に導かれたってわけでもないけど、三つめの祠も無事見つかった。先の二つと同じくらい薄汚れ……いや、とても自然に周囲の草木に溶けけ込んでるなー。よし、清掃清掃。周囲の草も刈ったり抜いたり。


ふう。すっきりさっぱりきれいな仕上がり。さすがだな、俺。自画自賛。


この祠に供えるのは、清酒。有名どころのじゃないけど、どっかの地酒。旨いらしい。七百二十ミリリットル瓶を開封し、紙コップに注いで祠の前に置く。残った酒は瓶ごとその隣に。


さて、手を合わせ、先の二つの祠に願ったのと同じことをまた祈る。一年間の感謝と、次の一年に向けた願い。おまけで竜田さんの早期退院。


神妙に手を合わせた後は、さっそく最後の祠に向かうことにする。四つめの祠はここから南の方向にまたもや百メートル歩いたところにあるようだ。


細い細い獣道のような、俺命名の竜田ロードを南に向けて辿り始めた時、またもやあの喧しいエンジン音が遠くから聞こえてきた。



ぼぼぼっぼぼっぼばぼばっぼぼぼぉぉぉ~!



……まだこの辺走ってるのか、あの車。こんな田舎道で誰に向かって示威行動してるんだろう。今だってこの辺にいるの、俺くらいじゃないかなぁ? 意味無いよな。


ホント、暇人だよな、と思いつつ、生い茂る草叢と緑の木々を掻き分けて、俺はついに四つめの祠にたどり着いた。おお、祠の背後を固める南天の木、今が花盛りじゃないか?


地味だけど、小さくて可愛い花が沢山集まってる。南天の花は、星の集まりみたいだ。


ここでも俺は清掃道具を取り出して、祠から一年間の汚れを落とし、周囲の草を刈った。ふう、清々しいほどきれいになったぜ。俺、頑張った。


己の仕事に満足の息をもらし、俺はこの四つめの祠にも御供え物をした。ここでの供物はお菓子。今の流行りの菓子を、と任されたんで、<おいしい棒>を選んでみた。「チーズ味」「明太子味」「サラダ味」「カレー味」「わさびしょうゆ味」の五種類。うん。駄菓子でいいんだってさ。


全部包装を解いて、紙皿に盛りつけ、祠の前に供える。それから、本日最後の合掌。半日かかった祠回りがようやく終わる。そのことにほっとしながらも、先の三つの祠に祈ったのと同じように、一年間の感謝と次の一年の加護を願う。──何に対する加護かは知らん。そこらへん、「よろしくお願いします」で済むのが日本語のいいところだと思う。


あ、あと、竜田さんの病状快復な。


「何卒、お願いします……」


小さな声で祈りを終えて、さて、と立ち上がった時。

何かが、ピシッ、と音を立てて張り詰めた気がした。


「……?」


今の、何だろう? 俺は周囲を見回した。視界に変わりは無い。見違えるほどきれいになった祠と、同じくきれいに刈った草。ついさっき、供え物をして手を合わせた時と同じだ。だけど……、何て言ったらいいんだろう? ゆるんだ昼休みの時間からいきなり授業中になったみたいな。いいや、違うな、もっと、こう……


何かのスイッチが、入ったみたいな感じ。


──そんなことを思った瞬間、俺はその場で飛び上がるほど驚いた。



オオオオオオオオーオオーオオウ──……



低い、低い声。その場に響いて轟くほどの。

何これ、何これ、何これ。


誰の声? ここには、俺だけしかいないはず。


改めてそのことに気づいた時、ぶわっと全身の肌が粟立った。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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