コンキンさん 2016年5月15日 2
片手箒と刷毛を使って祠から埃などの汚れを取り、ペットボトルの水でさっきの清涼飲料水を洗い流す。周囲の草も刈ったり抜いたりして、と。
ほう……すっかりきれいになったな。イメージは、どんよりからすっきりへ。
一年間の泥砂汚れがすっかり取れて、薄い雲の間から差し込むお日様の光を浴びて輝くようだ──。とまでは言いすぎかもしれないけど、とにかく見違えるほどに小ざっぱりときれいになった。
自分の仕事に満足して、俺は荷物の中からお供えを取り出した。さて、ここではお稲荷さん。白い紙皿の上に並べて供える。それから線香を取り出し、百円ライターで火を点けて、線香立てに立てる。竜田さんから預かってる線香はなかなか雅な香りがする。お高いやつなんだろうな。
なんてこと考えつつも、俺はしゃがんて祠に手を合わせた。特に指示が無かったんでよく分からないけど、一年間ありがとうございました。また次の一年よろしくお願いします、と感謝とお願いをしておいた。
清々しい思いで立ち上がり、さて次に行くかと額の汗を拭ったところで、またあの煩い改造車のエンジン音が遠くから近づいて来た。
ぼっぼっぼっばぼぼぼぼぼぼぼばばぼぼぉぉ~ん
さっき姿を消した方向から戻ってきた車は、祠の前の道を、元来た方角に向けてけたたましく走り去る。
他に走る道は無いのか? ヒマだなぁ、という感想しか出てこない。ま、ヒマだからあんなことしてるんだろうけど。
「……」
ひとつ息をついて気持ちを入れ替える。祠の清掃はここだけではないのだ。まだ後三ヶ所ある。
えーと、確か、この祠から北に向かって百メートルほどだったかな。
俺はポケットに入れていた方位磁石を取り出した。薄曇で分かりにくいけど、太陽はあっちだから──うん、このまま進めばいいか。良く見ると、草の間に細い道のようなものが伸びているのが分かった。年に一度を数十年通い続けた竜田さんの足跡だろうな。
草と、所々に生えてる木の枝を除けながら歩く。時々蜘蛛の巣。ぶはっ……。
今の季節は木の花の花盛りなんだよな。目立たないけど目立つ、っていうのも変だけど、緑の葉の間に間にもこもこ盛り上がるように咲いてる。白っぽいのから薄緑、薄黄色の、ふぁさっと細かい花たち。知ってるのもあれば、知らないのもある。あれはガマズミ、お、向こうの背の高い木は薄紫色の……えっと、桐の花だったかな。うちは親父がこういうの好きで、子供の頃教えてもらったっけ。
「懐かしいな……」
あれは何、これは何と指さして教えてくれた父の笑顔を思い出した時、微かにいい匂いがしてくるのに気づいた。
見回してみると、プロペラみたいな白い花の絡みつく木の下に、さっきのと同じような祠。
おお、テイカカズラ、サンキュー。お前の香りのお陰で見つけることが出来たよ。この花、ジャスミン的な芳香があるんだよな。毒有るらしいけど。
ここでも俺は片手箒と刷毛と水で祠をきれいにし、周囲の草を取り除いた。うーん、このテイカカズラ、うっかりしたら祠に絡みつきそうなんだけど……。まあ、大丈夫かな。この蔓だけ退けておこう。
よし、さっぱりすっきりぴっかぴか! さて、御供え物をするかな。この祠には、おはぎ、と。
さっきと同じように白い紙皿に大きなおはぎをのせて、祠に供える。それから線香に火をつけ、線香立てにそっと立てる。ゆらゆらと漂う煙の中にしゃがみ込み、手を合わせ、祈る。──一年間ありがとうございました。また次の一年よろしくお願いします。あ、それと竜田さんが早く退院出来ますように。
「……」
よし。終了! さあ、みっつ目行くか。
気合を入れて立ち上がった時。またもやあの爆音が聞こえてきた。
ぶぼばぼぶぉぉんぼぉぉんぶぼばぼぼぉぉぉ~!
戻ってきたのか、あの車。
「一体何往復するつもりなんだろ……」
ガソリンが勿体無いなぁ。──そうは思うも、止める術があるわけでもなし。……ま、いいや。次行こ、次。
俺はまた方位磁石を取り出した。




