夢の中 15
少し短いです。
うんうん、とうなずきながら、真久部さんは続ける。
「王様は笑われるくらいで済んだけれど、知り合いの場合はね──。
ロトのときは多分、彼が特定されるには情報が足りなかったんでしょう。元々ほぼ画像は出さず、出しても旅行した先の誰でも知ってる景勝地で、リアルタイムな事は書いてなかったそうだし……だけど、珍しいキノコに驚いて、また穴に向かって叫んでしまった。キノコだけを撮ったつもりで、自宅のあるマンション敷地内で」
「あー……」
「自分のSNSなんて、どうせフォロワーも少ないから……、という意識があってのことらしいんですよ。でも、それがキノコ愛好家のSNSでリポスト? されて。キノコ愛好家のほうはフォロワーがそれなりにいる人気のところだったものだから、そこから増えて、見る人も増えて。元々の、知り合いのほうを見に行く物好きもいて、そこから過去のロト画像を掘り起こされることになったと」
「……もしかして、その当たりのカードも?」
リポストされて、拡散されてしまったんですか? と恐る恐るたずねてみたら、真久部さんは曖昧な笑みをみせるだけだった。
「とにかく、彼は個人を特定されてしまった。そのせいで不特定多数、つまり、どこかの誰かたちの妬みの感情を、真っ直ぐに受け取るようになってしまったんですよ」
「妬みの感情……?」
「ええ。誰だって、宝くじが当たったと聞けば、いいなぁ、羨ましいなぁ、くらいは思うでしょ? 僕も思います。たいていはその辺で終わって、他のどうでもいいことに紛れていくけれど、中には妬む人もいる。妬んでも、相手が誰だかわからなければそこで燻って終わりです。だけど、アイツだ! とわかってしまったら?」
どこの誰だかわからない人を、妬み続けるのは難しい。だけど、その対象がはっきりしてしまえば。
「ぼやけたレンズの焦点が一瞬で合うように、妬みの気持ちが集中する。良くない負の感情が、強力な磁石に吸い寄せられた砂鉄のように取り付いてくる。絡みつく。それでどうなったかというと──」
真久部さんは、そこで俺の顔をじっと見て、言った。
「彼、夜毎悪夢を見るようになったというんですよ。何かわけのわからないモノに追いかけられて、喰われそうになる夢」
「……」
「何故そんな夢を見るのか、彼も理由がわからなかったらしいです。でもね」
──○○さん××町のあのマンションにお住まいなんですね(^^)
──△△マンションて××駅前の?お金持ち!
──いいなーうらやましー
──金持ちがさらに金持ちになるって
──ビンボー人には当たらないよな
──そうそう俺らただの養分
──お金は寂しがりなのよ
だから仲間のいないとこにお金寄ってこないのよ
──○○さん今度近所行くから奢ってよ
──よっ!○○さん大大臣
──いいね!あとそれ大大尽
──大大尽て何?
──大金持ちのことだよ。びんぼーだいじんだいだいじん
○○さんはだいだいじん
宝くじなんかあぶく銭じゃん大いに使い尽くそうよ
──ビンボー人に施してよ○○さん
──○○さ~ん
「特定されて以降、書き込まれるようになった悪意のあるコメント。それがひとつ増えるたび、夢の中で追いかけてくる何かわからないモノも増えることに、彼は気づいたらしいんです。ああ、これがストレスになっているんだな、と」
だからそのSNSは閉じて、全て削除したらしいんだけどねぇ、と言葉を継ぐ。
「まだ悪夢は続いてるけれどマシにはなったし、心理的なものだからそのうち治まると思う、と彼は言ってましたが……心理的なものもね、それはあるでしょう。でも、それだけではないと僕にはわかりましたよ。だって、彼、影を背負っていたから。──今日の何でも屋さんのように」
「……!」
思わず、声が出そうになった。また俺を怖がらせて愉しもうとしているのかと一瞬思いかけたけど、真久部さんの目の中に揶揄いの色はなかった。
「僕の言いたいこと、わかるでしょう?」
何でも屋さん、大金を拾いましたよね、と続ける。それは宝くじに当たったのと同じことだと。
「きみも、誰かに妬まれたんだよ。たぶん悪夢に魘されて、眠れてないんでしょう? だから頭のどこかが過敏になって、ちょっとしたことが異様に気になったりするんですよ」