転ばせ桜 2016年4月6日 2
今朝早く、飼い主の賀茂さんから依頼の電話があったんだ。チャーちゃん、夕べから姿が見えないらしい。たまたま午前中は他の仕事が入ってなかったから、今こうして探してる。
本当にどこ行ったのかなぁ、チャーちゃん。賀茂さんも家の近くを探したけど見つからなかったらしい。チャーちゃんは元野良で、賀茂さんに拾われてからは何故か出不精猫になり、たまに遊びに出てもせいぜい半径十メートル圏内だったんだそうだ。それなのに姿が見えないとは……。
まあ、ちょっと不吉なことを考えてしまうけど、どんな姿になろうととりあえず見つかるまで探さなくちゃ。うーん、他の野良猫と喧嘩でもして追われたのかな。
よく野良たちが溜まってるような場所や、猫が好みそうな狭い路地、室外機の陰なんかを探してるんだけど、今のところ見つからない。えーっと、他に猫が居そうな場所は──
次はどこを探そうかと思案する俺の耳に、昨日も聞いた「にゃ」が聞こえたのは、ちょうどその時だった。
チャーちゃん?
慌てて周囲を見回すと、あの桜の古木の根元にシャム柄の猫が座っているのが見えた。チャーちゃんだ!
「チャーちゃん、賀茂さんが心配してたぞ。どうしてそんなとこにいるんだ、……なんて聞いてもしょうがないか。まあいいや、無事みたいだし。さあ、お家に帰ろうな」
そんなことを話しかけながら、古木が根を張る土手をゆっくり登る。驚かせて逃げられたら目も当てられないし。
土手には桜の他にも背の低い木がいくつか生えてて、うっかり足を取られないよう、俺はかなり注意をしながらチャーちゃんに近づいて行った。
うおっ……! 踏みそうになったよ、これ何の木だろう? 枝が歪に横に伸びて──、ああ、良く踏まれるんだろうな。桜の古木を下から見るのにちょうどいい位置に生えてるから。地を這うような妙な枝ぶりになってるけど、これも古い木なんじゃないだろうか。
おっと、そんなことよりチャーちゃんだ。枝を踏まないように、どっこいしょ、と。
「ん?」
軽くまたいで、俺を待っているかのようにじっとお座りしていたチャーちゃんを抱っこしようとふと見ると、桜の古木のでこぼこした幹に半ばめり込むように、小さな石のお地蔵さんのようなものがあるのに気付いた。表面はすっかり風化して、何が彫られていたのか判別出来ない。
「でも、二体あるような……こういうの、なんだっけ。真久部堂さんに聞いたことあったな。確か……道祖神、だったかな?」
「にゃ」
俺が頭を捻っていると、まるで「正解」とでもいうように、チャーちゃんが鳴いた。
「お、道祖神で正解かい?」
そう言いながら頭のベージュ色の毛並みを撫でると、ごろごろと喉を鳴らしてチャーちゃんは俺の足元に擦り寄ってきた。そのまま膝に登ってくるので、俺はその道祖神? に向かって跪く格好になる。
「ちゃんとお参りしろってことかい? チャーちゃん」
「にゃ」
ごろごろ、ごろごろ、にゃ。ごろごろ、ごろごろ、にゃ。
チャーちゃん、ご機嫌だ。一晩行方不明だったけど、元気で良かった。どこも怪我してないみたいだしな。ここはチャーちゃんの無事を感謝して、お参りしておこうか。
俺は両手を合わせて目をつぶり、道祖神にお礼を言った。
「ありがとうございました」
さ、チャーちゃん、帰ろうか。飼い主の賀茂さんが待ってる。
「って、いうことがあったんですよ」
数日後、俺は古道具屋の真久部堂に来ていた。古美術雑貨取扱店、と店主の真久部さんは言ってるけど、古道具屋でいいじゃないか、と俺は心の中で思ってる。




