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夢の中 9

「まあ、とにかくそのドタバタのせいか、食欲無くて。夏バテってやつなのかなと思ってるんだけど……」


先々週のことなのに、まだ体調が戻らないんです、と溜息を吐く。


「野島さん、それって、実は熱中症かもしれませんよ。そのときは大丈夫でも、後から症状が出ることがあるみたいなんです。じわじわと蝕まれるというか──」


三年殺し的な? とちょっと笑いかけて、野島さんはハッとした顔になった。


「……あー、でも、そうかも。それ以外に、ここまでバテるようなことした覚えないな……」


「いつもならこれくらい、ってことでも、体調によっては深刻なダメージになって返ってくることがあるらしいですよ。寝不足とか、深酒とか、不規則な食事とか」


「……」


野島さん、俺の顔を見たままぎこちなく動きを止めた。


「野島さん?」


「ヤバい……僕、全部当てはまるかも」


夜中にホラー映画を観るのにはまって、軽い寝不足と夜遅くまでの飲酒、朝食抜きで昼はラーメン、夜はコンビニのホットスナックに菓子パン──。


「ここんところは……怠くて映画観る気にもなれないけど、あの日までは確かにそんな生活を……」


あはは、と、乾いた笑みをもらす野島さん。あはは、と困った笑みをこぼす俺。


「な、夏はちょっとだけ控えたらいいんじゃないですか? 休みの前日だけにするとか。朝は食べましょうよ。お昼も定食とかにして。夜もそんな感じで」


「そ、そうですね。職場の健康診断、引っ掛かりかけてるし……」


あはは~、うふふ~、と分かってる者同士で笑い合う。うん、日常に疲れた独り暮らし、あるあるだよね! 俺も離婚直後は良くない生活習慣・食生活になってた。何でも屋の仕事始めたとき、こんなんじゃ身体壊すと自覚したから、今は健康的にやってるつもりさ。なにせ朝は五時起きだ。


「それにしても、何でも屋さん、熱中症に詳しいですね」


尊敬の目で見られたけど。


「いやまあその、職業柄ね?」


真夏の炎天下で草むしりとかデフォだし、と笑って誤魔化す。本当は、元義弟の智晴とか智晴とか智晴が熱中症アラート前のアラートを出してくるからさ……。娘のののかも、「パパ、今日は暑くなるんだって。帽子かぶってる? 水分もちゃんととってね」とショートメッセージ送ってくるし。


一回やっちゃってから俺も注意してるんだけど、こういうのは注意し過ぎてもし過ぎることはないとばかりに、<本当は怖い! 隠れ熱中症>とか、<脳だってタンパク質で出来ている! ~茹でた卵は元には戻らない~>とか、智晴のやつ定期的に送ってくるんだ。うん、ありがたいと思ってるよ!


「なんにせよ、この夏も異様に暑いし、お互い気をつけましょう」


「ですね。僕も、落としてもいないものを探さないでもいいように、もっと気をつけるようにしますよ。本当に落として、外這いずり回る羽目になるのもヤバいし」


でも、そこまでしてでも、探さないといけないものだってあるしなぁ、と野島さんは呟く。


「──大金落とした人、何でも屋さんに拾ってもらってよかったと思うよ。何でも屋さんたら、どうせその人の憔悴ぶりを見て、権利放棄したんじゃないですか? でも、わかるなぁ。そんなにボロボロになってる人を目の当りにしたら、権利の主張なんかやっぱりしにくいですよね。想像できますよ」


「あはは……惜しいといえば惜しいですけどね」


落とし物の価値の、五パーセントから二十パーセントだったっけ? 警察官だった弟から聞いたことがある。

百万円の二十パーセント──。


「でも、()()()()()()()()()()。そういうことでしょ、何でも屋さん」


そう言って野島さんはお茶目に笑う。砂漠で水を求めてる人には、コップ一杯の水をまるまるあげたいですよね、とわかりやすく喩えてくれる。


「あはは。こちらも飲み水には困ってないしね。()()()()が逆でもかまわないと思うんです」


どっちを取るか、決めるのは自分自身だ。後悔しないなら、どっちだっていいはず。






音のないざわめきが、風のように肌を撫でていく。

どこか遠い……暗い波の向こうから。


波は水でできていない。

重なり合う闇、寄せては引いて、

足元の砂は踏み出すたび、銀の光を散らす。


一歩、二歩、光がきれいで

はためく黒い靄は、波と触れ合ったところからほろほろと溶けてゆく


恐ろしいのに、どうしてか心惹かれる──


……

……


カタチを作って、作れず崩れて。

粘ついたタールのようなそれは、崩れては蠢き、地を這っている。

もどかしげに這いながら、伸び縮みを繰り返す。


こちらを見ている、何か言ってる。

俺はただそれを感じている。

だって身体が動かない。


あれは俺を呪ってる。


逃げなくちゃ、そう思うのに、

身体が動かない。声も出ない。


来るな! 来るな!

何故お前は俺を呪う?

お前のことなんか俺は知らない。


知らない──




ドスッと胸に衝撃があった。

とうとうアレに追いつかれたのかと絶望しかけたら。


「にゃー」


居候の三毛猫が鳴いた。いつの間にか俺の胸に乗っている。


「重いぞ……」


普通に声を出したつもりが、掠れてる。


「にゃあ」


どこか不満そうに、居候はぱたんぱたんと尻尾を胸に打ち付けた──また、魘されてたのか、俺。

拍手とポイントをありがとうございます。お陰さまで八月四日月曜日には日間ホラー5位になり、思わず目を疑いながらも小躍りして喜びました。


6と7の後書きに入れそびれましたが、<俺>が妙な組織に狙われてた話は『一年で一番長い日 ~夏至の夜を、マンボウが往く~ 』https://ncode.syosetu.com/n6429bt/ (本編完結済み)。また、熱中症で倒れた話は『2008年7月7日の<俺> 熱中症は恐ろしい』https://ncode.syosetu.com/n6429bt/223/ です。よろしければそちらものぞいてやっていただけるとうれしいです。






・嘆きの私事・

『戦闘妖精・雪風』シリーズの『アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風』。ハードカバーを積ん読していたせいで、間違えて文庫本まで買ってしまいました……。もしや、『アンブロークン・アロー 戦闘妖精・雪風』とごっちゃになっている? グッドラックまでは確かに読んだけれども……。

そういえば、『敵は海賊』シリーズのどれか一冊も間違えて二冊買ったことがあるような。なんという鳥頭。


……本屋さん、それはとても危険な娯楽の殿堂。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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