夢の中 6
ハードカバーの、古めかしいけどキレイな本。昨日と同じように、本棚から引っ張り出してそのまま落っことしたみたいに。
「同じシリーズの本なのかなぁ?」
しゃがみ込んで確かめてみる。色も同じだし、表紙をめくると見返しに──。
「蔵書印。同じやつのような……」
タイトルも中身も、やっぱりくずし字が過ぎて俺には読めない。
「……」
昨日の朝拾った本は、確かに交番に持って行った。ちゃんと届けて、お巡りさんも受け付けて預かってくれた。
「同じ本持ってた誰かが落としたか……それとも、捨てたとか?」
その可能性もあるよな。でもわざわざこんなとこに捨てるのも変だと思うけど……ゴミ袋にでも入れて、集積場に放り込んでおけば──。
だけど、やっぱり落とし物かもしれないし、探している誰かがいるかもしれない。
「……昨日の交番に、持って行こうか」
しょうがないから、拾っておこう。蔵書印のことを考えると、盗まれたものっていう可能性だってあるんだし。盗んだはいいけど怖くなって捨てたとか、世の中にはそんな話もないわけじゃない。
昨日の交番はここから離れてるんだけど、ま、いいか。
「あ、何でも屋さん。拾得物ですか」
交番のお巡りさんは、昨日とは違う人だった。この人も顔見知り。
強面すぎて、制服を着ていないと別の職業の人と間違われるという噂だけど、笑うと可愛いとも噂されている、まだ若いお巡りさんだ。気配り上手で、申し送りで聞きましたよと、昨日の拾得物届け出のことを労ってくれた。
「いやあ、それが。昨日も本だったけど、今日も本なんですよ」
昨日のと同じやつに見えるんですけど、と立派なハードカバーをカウンターの上に乗せる。
「あの、昨日のやつ、見せていただけませんか? 蔵書印も同じような……」
「あー、もうあっちに持って行ってますよ、拾得物は一括管理してるのでね」
「そうですか……まあ、ちょっと気になっただけなので」
今回も権利放棄します、と言うと、お巡りさんは軽く頷いた。
「一応、書類だけ書いてもらえますか? 役所仕事ですみませんね」
「いやいや。いつもお仕事ご苦労さまです──そうそう、俺、落とし物づいてるのか、昨日なんか現金拾っちゃいましたよ、百万円。警察署の近くだったんで、そっちに届けたんですけど」
「百万円。それはまた」
驚き顔のお巡りさんに、落とし主さんがあまりにも悲壮な様子だったから、あっちでも権利放棄しましたよ、と言うと、楽しそうに彼は笑った。
「何でも屋さんらしいですね」
「そうですか?」
「たぶん、相手が大金持ちだったら、普通に報償金もらってたでしょう?」
「まあ、そうかな……」
うーん、と唸っていると、「そういうところですよ」とまた笑う。強面がちょっと幼く見えて──うん、確かに笑うと可愛いな、この人。
「それはそれとして」
がらりと表情を変え、考えるように顎をこすりながらお巡りさんは言う。
「変わった落とし物の場合、<特定>目的という可能性もありますね」
「特定って、本で?」
意味が分からなくてたずねると、彼は真顔になった。
「何でも屋さんは、SNSとかはやってないんですか?」
「いえ……必要がないので。電話とメールとショートメッセージで事足りるし」
今の世の中、ウェブサイトで仕事の宣伝や受注をやってる同業もあるけど、俺の何でも屋は地域密着型だから、そういうものを利用する必要性を感じない。日々の依頼をこなすのに忙しく、お馴染みの顧客様と時々ご新規さんで手一杯。身体は一つしかないんだし、これ以上手を広げるなんて無理。たまの宣伝はチラシで充分だと思ってる。それに。
自分の日常を、顔も知らない誰かに知ってもらいたいとも思わない。
元妻や元義弟の智晴はアカウントを持ってるみたいだけど、つき合いだからしょうがなく、って言ってたな。──警察官だった双子の弟が殺された事件の絡みで、俺、知らないあいだに妙な組織に狙われたりしてたから、二人とも誰が見るともしれないインターネットに情報を発信することの危険性に、敏感になってるんだと思う。
もう解決したことではあるけど──、あの頃の俺は変に目立ってはいけなかった、らしい……。それすらも知らず、当時は自分のことでいっぱいいっぱいで、SNSで呟いたりするどころじゃなかった。
「あー、やってなくても、SNSには顔ブックとか、インスタントテレグラムとか、Yとかあるのは知ってるでしょう?」
だから、お巡りさんが何を言おうとしてるのか、ピンと来ない。
「ええ、まあ。一応は……」
知ってるけど、それが? と思ったのが、しっかり顔に出ていたらしい。お巡りさんは、うーん、と唸った。
「今は撮りたいと思えば、すぐスマホで写真が撮れる時代じゃないですか」
「そうですね」
俺も、綺麗な花や空、面白い柄の猫がいたら写真を撮って、元妻と暮らす娘に送ったりしてる。
「SNSをやってると、人によっては、これいいな、面白いな、と思ったら、食事をするのと同じくらい自然に、それをネットに上げちゃうわけですよ。画像だけじゃなくて動画なんかもね」
「あー、俺も面白そうなのは見たりしますよ。仲のいい犬猫とか、ル○バに乗ってる猫とか」
無理やりな偽名……。