夢の中 4
「ん?」
昨日出掛ける前に用意してくれたんだろうポットと、いつも通りのお茶道具とお茶菓子。その脇に、達筆のメモが置いてある。冷蔵庫の中に冷たいお茶と、お手製パウンドケーキが入ってるからどうぞ、とあった。真久部さんの作るパウンドケーキ、美味いんだよな。後でおやつに頂こう。──お茶は、今は温かいのがいいかな……汗も引いちゃったし。
とにかく、腹ごしらえだ。お得なスーパー弁当は、鮭にから揚げ、ちくわと大根千切りの煮物、きゅうりの酢の物、かぼちゃの煮つけ。ご飯の量もまあまあ。美味しく食べて、お腹は満足。良い感じに冷めたお茶を啜って、ほう、と溜息を吐く。空になったパックと割り箸はまとめて袋に入れて。
さ、帳場の前に座ろう。店番、店番。古い木机の下は掘りごたつふうにしてあるから、そこに座ると椅子感覚になる。正面を向くと出入口──の手前にある鬼瓦? の目がこっち見てるような気がするけど、気のせい気のせい。そうに決まってるさ、あはは。
目を逸らし、身体も逸らしたくなってもぞもぞしてると、今度は古時計の音が気になってくる。
チック タック チック チック……
チ…… チ…… チ…… チ……
ッ ……ッ ……ッ ……ッ
今日のあいつら、何だかいつもより静かだな。前にいた煩いヤツが売れたらしいから、そのせいなんだろうか。まあ、いいや、俺はとにかく店番を──
……タ ……タ ……タ ……
チッ…… …… チッ…… …… チッ……
…… …… …… ……
冷やかし客も滅多に来ないんだよなぁ。時を刻む音が眠りを誘うようで……あ、ダメだ、目蓋が……。これは仕事なんだ。仕事で居眠りするわけには……。
……
……
ん……? なに? 折り紙かい?
鶴がいいかな。アヤメ? いいよ
きみは……? 手裏剣か。よし、二色使って……
舟はどうかな。ここ、帆を持ってみて
ほら、いつのまにか舟のしっぽになっちゃった
もっかいやる?
あはは、おもしろいねぇ……
……
……
「……!」
机の上に額をぶつけて目が覚める。俺、居眠りしてた。なんか変な夢見てたかな、子供が集まってきて、みんなで一緒に遊んで……何して遊んでたっけ──
転寝あとのぼーっとした頭でいると、古時計たちの音で我に返る。正時だ。
ボーン ボボーン ボーン
ボボーン ボーン ボーン
ブボン ボーン ボンーン
三時か……籠った音のするヤツがいるな。まあ、いいけど。よし、眠気覚ましにおやつを頂こう。冷蔵庫の、冷たいお茶とパウンドケーキ。いつもありがたいなぁ。この店、人を雇っても居つかないからって、店番というか、一人でもなんとか留守を預かることができる|俺を大事にしてくれてありがたいんだけど……。
「……」
目の前に、折った折り紙。居眠りしちゃう前にはなかったものだ。色とりどりのアヤメ、鶴、兜、カエル、手裏剣、亀、だまし舟──。一体誰がいつの間に、と思うんだけど、ここには俺しかいないんだから、俺が折ったんだろう……覚えがないけど。折り紙自体は、この机の引き出しの中に入ってる。何でか、いつも入れてある。
「……」
ここに一人でいると、ついつい居眠りしちゃってダメなんだけど、時々こんなふうに知らない間に折り紙折ってることがある。不思議現象というか……本音をいうと、ほんのり怖い。でも気にすると真剣に怖くなって、俺も先輩たち(?)と同じようにここに居るのが無理になっちゃうから、あまり考えないことにしてる。寝ながら折るなんて俺ってばすごく器用! なあんて。
はあ、つるかめつるかめ。あ、折り紙、鶴と亀があるぞ。こりゃめでたいっ!
と──
店の隅から、どこか遠く、もっと遠く響く潮騒のような、歓声のようなかすかなざわめきが……聞こえたりなんか、してないんだからね! 幼い子供たちの笑い声とか気のせいさ。ラジオつけよう、ラジオ。これって古いラジオだからさ、きっとどっかから勝手に電波を拾ったんだよ、うん。だから、そこの金魚の香炉から立ち上る薄い煙が見えたりなんか──
『見ない見えない聞こえない。すべては気のせい気の迷い』
経験から編み出した何でも屋版・慈恩堂店番時の心得、というか極意。これを胸に、今日も俺は店番という臨時の慈恩堂店員を頑張るわけなんだ。だって、いつもお仕事料に色をつけてくれるし、待遇いいし。真久部さん、俺のこと怖がらせて愉しんだりしてときどき趣味悪いけど、基本的に良い人だし、古道具関係で怖い目に遭っても実害のないように考えてくれてるし。
古猫みたいな笑みを標準装備でいつだって胡散臭く、せっかくの地味ながらも男前な顔がもったいない人だけど、あれで料理が上手なんだよ、お菓子づくりはパティシエなみ。さあ、よけいなこと考えずに、美味しいもん食べて忘れよう。勝手知ったるこのお店、台所へ直行だ。パウンドケーキ、パウンドケーキ。今日は一体何味だろう、楽しみだな。
いつもながらきれいに整えられた台所、磨き上げたかのように冷蔵庫はピカピカ。さて、お宝は。
甘夏とラズベリー、アールグレイの三種類でした。どれも美味しそう。
「良かったらお家でもどうぞ。どれも自信作です」ってメモと、持ち帰り用紙袋も添えられてた。いつもながら、気遣いがすごい。それから、結びに「では閉店まで、よろしくお願いします」──。
うん、今日はこの慈恩堂の閉店作業も任されてるんだ。
灯りを落とした店内の、静かなのに微妙に騒々しいようなあの暗闇がちょっとだけ苦手だけどでも気のせいだし。そう、気のせい!
俺、頑張るよ……。
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