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夢の中 3

「青色みたいな緑色みたいな、青緑色。うん、決まりだね!」 


ちなみに、あの半魚人はサン○オのキャラクターだよ、落とし主さん。俺の娘のののかはキテ○ちゃんが好きだけど、元妻はあの半魚人のキャラが好きだったからよく覚えてる。


「折り目の付いたお札で百万円ですか? それともピン札ですか?」


職員さんの質問はまだ続いてる。まあ、この人が落とし主で間違いないだろうけど、やっぱり出来る限り確認を怠らないんだな。


「ピン札です。帯封があって、日ノ本銀行の印が押してあります」


うなずいた職員さんは、運転免許証などの身分を証明できるものはありますか、とたずね、草臥れた鞄から慌てて取り出された通帳だの、キャッシュカードだの、運転免許証だのを確認し、落とし主ににっこりと微笑んでみせた。


落とし主──花石さんは、歓喜の叫びを上げた。


それからなんだかんだ……自分の落とした百万円がついさっき届けられたばかりだということに驚き、傍に立ってた俺が拾い主だと知って驚き、俺が拾得物の権利を放棄すると聞いて驚き、驚きすぎて安心して、花石さんは待合の長椅子に伸びていた。──熱中症になりかけていたようだ。


いや、俺だって拾得者の権利については知ってるさ。主張すればまず間違いなく報償金を受け取ることができただろう。だけど、あんなに汗びっしょりになって青い顔して慌ててた人に、そんなん要求する気になれなかった。不渡りとか怖いワードが出てたしさ。


色んな手続きと確認、つまり、帯封をそのままにして一応職員さんがお札を数えたりとか(あのお札の帯がしてあると、百枚の中の一枚だけつまんで持ち上げても、抜けないんだって。俺の拾った札束も、もちろん抜けなかったさ。反対に、一枚でも足りないとするっと抜けるとか。知らなかったよ!)、書類に署名したりとかを終えて、俺は警察署を出ようとした。次の仕事、押してるし。昼飯どうしようかなぁ……なんて思ってたら、伸びていた花石さんが起き上がってきた。


「あ、あの……。お礼を、何か……届けていただいたばかりか、権利放棄も……」


顔色は良くなったみたいだけど、まだ具合が悪そうだ。


「じゃあ、そこの自販機で、お茶でも奢ってください。あなたもポ○リとか、飲んでおいたほうがいいですよ。っていうか、飲みましょう! 熱中症怖いですよ」


そう言ってるところに、ようやく窓口の向こうでの処理が終わったらしい。花石さんの名前が呼ばれる。


「あ、百万円、引き渡してくれるみたいですよ。そちらのお商売のことわかりませんけど、早く銀行行ったら安心ですよね」


俺と窓口のあいだであわあわしていたから、俺はもう手を振ってここを出ることにした。ちゃんと感謝されたし、俺は何も損はしてないし。


「いいカッコしやがって」


ぼそっと聞こえた。正面ドアに近い、違う窓口の前に座ってた誰か。俯いてスマホを見ながら、声だけの悪意。──花石さん、本人自覚なくとにかく声が大きかったから、目立ってたんだろう。声の主は俺たちの会話、知らんふりしながら聞き耳立ててたんだろうな。


「百万拾って権利放棄ってさぁ。はした金はイラネってか」


はした金とは思わないけど、あなたに関係ないじゃないですか、と思いながら俺は外に出た。


暑い。




スーパーでお得感のあるお弁当を調達し、古美術雑貨取扱店慈恩堂へ。今日は午後から店番を頼まれてたんだよな。本当はいったん事務所兼自宅に戻って汗かいたシャツ着替えて、冷凍しておいたカレー食べる予定だったんだけどね。居候の三毛猫のやつは、ボタン式の自動給餌機置いてあるから勝手にやるだろう。あいつ、俺が居るときは絶対あれ使わないんだよなぁ……。


てなこと思いながら、駅裏ビル半地下の慈恩堂へ。預かってる鍵でドアを開け、開店作業をする。

店主の真久部さん、昨日から泊りがけで遠出してるんだ。なんか、お世話になった人が亡くなったんだって。だからお通夜とお葬式に参列するために駅前ホテルに滞在って聞いてる。


日にちの都合がよくなかったり、遠方だったりすると、どちらか片方だけに参列、っていうのが今時は多いと思うけど、真久部さんはこういうところ義理堅いみたい。昨日はいつもより早めに店を閉めて、今日は午後からの店番を俺に依頼していった。本当は今日も午前中から開けたかったんだろうけど、俺の予定が動かせなかったからなぁ。ま、店番してても滅多にお客は来ないんだけどね。


看板を設置し終えて改めてドアを開けると、無人の店内にドアベルの音が響く。中はひんやりとして、薄暗い。


「……」


暗がりを切り取って、外の光が射す。影のような何かが、置いてある道具たちの隙間に逃げ込むのが見えたような気がする。汗が冷える──


「……」


俺、こんなとこに突っ立って何してんだろ。ドア閉めて、さっさと電気点けよ。この店、造りのお蔭か外よりだんぜん涼しいんだよなー、だからそのせいで汗が冷えたんだよ、うん。でもエアコンは入れようっと。さすがに夏はね。


まっすぐ前だけ見て通路を横切り、帳場(レジ)横の柱にある灯りのスイッチをON。リモコン見つけてエアコンもON。店の土間から一段上がった帳場(レジ)繋がりの畳の間、真ん中にあるちゃぶ台の前に落ち着く。まずはスーパーのお弁当で腹ごしらえをしよう。腹減った。

拍手(リアクション? 知らないあいだに仕様が変わっていて戸惑います)をありがとうございます。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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