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夢の中 2

新聞とか雑誌とかなら、まあ、落ちていることもあるけど、こんなハードカバーの本はあんまり見ない。しかもなんか古めかしいけどキレイだ。まるでたった今、書棚から落っこちたみたいに……。ん? 見返しに蔵書印。どこの図書館のだろ? 近所のじゃないなぁ。まあ、誰かの落とし物だな。落として間が無いみたいだし、気づいて、拾いに来ないかな?


「行こうか、伝さん」

「おんおん!」


とりあえず、本はベンチの上に置いておく。帰りに覗いてみて、まだあったら交番に届けよう。




あれから二時間ほど。伝さんを吉井さんちに送り届けて、出張中の梅野さんの愛猫、ガングロちゃん(顔だけ黒いんだ……)の餌やりとトイレ始末終えて。戻ってきてみたら、あの本は俺が置いたまま、まだそこにある。落とし主は現れなかったみたいだ。しょうがない、交番寄るか。


顔なじみのお巡りさんに拾得物である本を見せて、どこで何時ごろ見つけたかとか説明する。お巡りさんが書類を書いてるあいだにパラっと中身を流し見てみたら、書いてある字が読めない。タイトルは──あれ? これ印刷だけど元の版がそうだったんだろうな、崩し字が過ぎていてやっぱり読めない。蔵書印のほうに気を取られてうっかりしてたな。


「読めます?」


お巡りさんに聞いてみたけど、苦笑いが返ってきただけだった。


「署のほうにそういう方面に明るい人がいるので、その人に頼んでみますよ」


拾得者としての権利はどうします? と尋ねられ、放棄でいいです、と答えておいた。タイトル読めなくても蔵書印からどこの図書館の蔵書なのか、警察ならすぐ調べられるだろうし。あ、これで書類は終わりだな。


「それじゃあ、これで」

「はい。ご協力、ありがとうございました」


今日も暑そうですね、お互い熱中症には気をつけましょう、と合言葉のようにうなずきあって外に出る。もわっと暑い。うーん、だいぶお日様が厳しくなってきた……あ、帽子! と慌てて回れ右しかけたら、お巡りさんが笑いしながら持ってきてくれるところだった。ありがとうございます! これ、娘のプレゼントなんですよ、と照れ笑いで誤魔化しつつ走って逃げる。忘れ物届けに来て自分が忘れ物するなんて、恥ずかしい!


勢いのまま、早歩き。さて、次はお年寄りの病院付き添いだ。津田のお婆ちゃん、出掛ける用意できたかな? 予約票とか忘れがちだから、出る前に確認してもらわなくっちゃ。バスの時間は大丈夫と思うけど……、早めに伺おう。




昼前。津田さんちから帰る途中、またもや落とし物発見。


今度はなんと、現金帯付き百万円! しかも、落ちた衝撃かな、半分むき出しのまま。ドッキリ的なやつかと思ったけど、あちこち見回してもカメラとか仕掛け人? とかは見当たらず。通行人もいない。

怖くて、しばらくそこに立って落とした人が戻ってくるのを待ってたんだけど、この暑さ。スマホで現状の写真を何枚か撮って、仕事柄持ち歩いてるビニール袋ごしに拾い、急ぎ警察署に持ってった。近くて良かった。


正面ドアをくぐってすぐのフロア案内図を確認、拾得・紛失物の窓口に直行。カウンターの向こうにブツを受け取ってもらい、撮った写真を見せながら拾ったときの状況を説明していると、バタバタとただならぬ足音が聞こえる。思わずそちらに目を遣ると、頭から水をかぶったみたいに汗だくになった中年の男が駆け込んできたところだった。血走ったような目で案内図を睨む、その全身から湯気が上がってきそうだ。


目的地は俺と同じだったみたいで、転げ込むようにこちらの独立した窓口に走って来た。溺れる人のようにカウンターに縋りつき、普段運動なんかしなさそうなふくよかな身体を支えると、思わず身を引く俺の姿も見えないように、男は中に訴えた。


「ひゃくまんえん! 百万円落としました! 届いてませんか?!」


息も絶え絶えな嗄れ声。あ、落としたのこの人? と思っていると、狭い窓口の向こうの職員さんが俺に軽く目配せし、落ち着いた声で男に落とした場所と時間をたずね始めた。


「わかりません……! でも、落としたんですよ。ジップバッグに入れて、このカバンに入れてたのに、銀行に着いてみたら、無い!」


今日入金しないと不渡りが、商売が、とうわ言のように繰り返す。


「落ち着いて思い出してください。最後に見たのはいつですか?」

「えっと──」


事務所の金庫から出して、ジップバッグに入れてこの鞄に入れて、と男は記憶を探っている。


「その鞄は、銀行まで開けませんでしたか?」

「え、あ! バス停で」


二台持ちしてるスマホの、鞄に入れてたほうに着信があって、それが取引先に設定した着メロだったものだから慌てて出たのだという。


「すぐにバスが来たから乗って……、ああ! あのバス停で落とした! と、思います!」

「バス停の名前は?」


男が言ったバス停の名は、まさに俺が百万円を拾ったところのものだった。バスの停車のために狭くなった歩道の、側溝に落ちてたんだ。


「入れていたというジップバッグ。それはどんなものでしたか?」

「娘がくれた半魚人? の柄で、色は──」


青色みたいな緑色みたいな、青緑色。うん、決まりだね! 

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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