夢の中 1
タイトルは変えるかもしれません。
走る。走る。
ひたすら走る。
早く、早く逃げるんだ!
背後に迫る音のない足音。圧倒的な気配──
真っ暗で、何も見えない。
闇の中、俺の足音だけが響く。
ひっ!
追いつかれた……!
動けない。身体が動かない。
後ろ手に腕を掴まれ……、痛い!
噛まれた。追いついた何かに手を噛まれた。
痛い、怖い。
助けてくれ、誰か!
助けて──!
「たすけ……」
掠れた声で目が覚めた。知らずに唇が動いていて……寝言? 俺、魘されてたのか。心臓が、全力で走ったときのように激しく打っている。自分の足音と思ったのはこの心臓の音だったのか。
寝汗をかいて、布団の中は居心地が良くない。
今のは夢……だけど、まだ手に痛みが……。
そう思いながらも身動ぎする気がせず、薄いカーテン越しに見える遠い灯をぼーっと眺めていて……気づいた。俺、片手を身体の下敷きにしてる。そんで痺れてる。
「……」
だからか、こんな夢見たの。痺れてる違和感で噛まれてるなんて脳内変換しちゃったんだな。夏至過ぎて、ちらほら暑い日もあるけれど、朝夕は涼しかった。昨夜も掛け布団がちょうど良いと思ったのに、寝てるうちに暑くなったみたいだ。俺、寝相は良いほうだけど、暑い寒いの不快感あると寝返り打って、それで目が覚めることがある。今夜のもそれかぁ。
痺れた手を軽く振って、欠伸。今の時季は明るくなるのが早いけど、外はまだ暗い。もうちょっと寝よう。目覚ましが鳴るまで。
二度寝すると、起きるのが辛い。
眠りのサイクルってやつかな、と思いつつ、えいやっ! と起きる。まずは着替えて、顔洗って、屋上プランター菜園に水を遣りに行く。朝夕のこれ忘れるとプチトマトたちが枯れるからな。部屋に戻ると、おっと、居候の三毛猫のやつが餌入れの前に座って尻尾をぱったんぱったんしてる。はいはい、まずはお前のご飯だな。カリカリ入れて、水換えてやって、と。
ふてぶてしくカリカリする音をBGMに、次は自分のメシだ。目玉三個の目玉焼き、ついでにほうれん草のおひたしをソテー。こいつは一昨日の残りだ。醤油と、バター落とすと美味いけど、マーガリンしかないからパス。朝から贅沢ワンプレート、目玉がつぶれてても、黄色と緑で色鮮やか。プラス、昨夜の残りの味噌汁と、梅干しのせた白いご飯は大盛りだ。
いただきます!
さて。洗い物は浸けといて昼に帰ってからにしよう。まずはグレートデンの伝さんの散歩。いつも朝は慌ただしいな、と思いつつ家を出る前に。
ピッ
エアコンのスイッチ入れておく。朝のお天気情報によると、今日の最高気温は30℃越え。このコンクリ打ちっぱなしのボロビルの、中途半端な三角形の同じくコンクリ打ちっぱなしな部屋の中が何℃になるか──考えるだけで恐ろしい。五月の暑い日からずっと、出掛ける前はスイッチを入れておくのが習慣になっている。でないと居候死んじゃうからな。
百均で買った温度計、現在の気温は26℃。朝風が爽やかだ。だけど、昨日だって昼は30℃に届いてた。朝夕はまだ涼しいと思ったけど、今朝は地味な暑さであんな夢見ちゃったくらいだし、そろそろエアコン入れっぱなしの季節かな。
「おはようございます、吉井さん。伝さんもおはよう!」
「おん!」
グレートデンの伝さんは今日も元気だ。ご主人の吉井さんも早起きで、庭の水遣りをされている。
「おはよう、何でも屋さん。今日は暑くなりそうだね」
腰をかばいながら、吉井さん。水遣りくらいなら伝さんの散歩ついでにやらせていただきますよ、と言ってるんだけど、身体動かさないと動けなくなったら困るからね、と笑ってらっしゃる。無理はしないよ、とおっしゃるので、俺は伝さんの散歩を頑張っている。
「そうですね。今はまだ涼しいから、伝さんとちょっと遠出してきます!」
行ってきます! と伝さんと、一人と一匹朝の散歩に繰り出せば、太陽の光が眩しい。今はまだ優しい顔をしてるけど、BSの某暴れん坊な将軍や某はぐれた刑事さんの再々……再放送の時間の頃には、そろそろ厳しくなってくる。そして昼前にもなれば……。
おお、恐ろしい。今日も熱中症対策しっかりしなきゃ。
「な、伝さん」
「おん!」
伝さんの天鵞絨のように滑らかな被毛の下で、しなやかな筋肉が躍動する。俺の筋肉も躍動してるかな、なんて思いつつ、速足で歩く。たまに出会う犬仲間と挨拶したり、ウォーキングの人を見掛けたらさりげなく道の反対側に移ったり。桜並木や銀杏並木の緑が濃く、日陰がうれしい。公園に入れば、木陰と、ちょっとひんやりとした空気。うーん、気持ちいい。
ここまでで汗かいたから、水飲んで塩飴口に放り込んで、伝さんにもわんこ用給水器で水をやる。しゃぷしゃぷと美味そうに飲む姿に目を細めていると、頭上で鳥の声。何の鳥かな、と見上げてみたけど、すぐに飛んでったみたい。それにしても、今年は蝉の声聞かないな……と思いつつ、水に満足した伝さんの頭を撫でて、給水器を仕舞っていたとき。
「あれ?」
俺は無人のベンチの下に何かを見つけて伝さんと一緒に近寄った。
「何でこんなところに本?」