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転ばせ桜 2016年4月6日 1

  くすくすくす くすくすくす


  みんな花だけ見てるから

  桜の花しか見ないから


  くすくすくす くすくすくす


  きれいなものしか見ないから

  きれいじゃないものは見たくないから


  くすくす くすくす


  ほらほら ころん

  そらそら ころりん


  すってんころりん 転ばすぞ 転ばすぞ






前方に、一人の自転車乗り。


あー、そうやって花ばっかり見てたら。──ほら、やっぱり転んだ。溜息をつきつつ、俺は現場に駆けつける。


「大丈夫ですか?」

「あ、はぁ……はい。多分、大丈夫です」


横倒しになったマウンテンバイク。その脇に座り込んだ男性に声を掛ける。彼は狐につままれたような、釈然としない顔をしていた。


「普通に走ってたのに、いきなりつんのめって。気がついたら転んでました。その辺にタイヤが取られるような石とか落ちてないですよね。デコボコ道でも無いし」


「俺、たまたま後から見てましたけど──、あなた、走りながらそこの桜の木に見惚れてたでしょう」


俺はちょっとした土手の上で枝を広げる桜の古木を指差した。


それはごつごつした太い幹を持つ大木で、毎年春になると豪華絢爛といっていいくらいの見事な花を咲かせる。この辺りが住宅地になる前からあると、地元のお年寄りに聞いたことがある。


「いや……凄い桜だな、と思って」


男性は決まり悪そうに立ち上がる。うん、怪我は無いようだ。


「見惚れたくなる気持ちは分かりますけどね……」


俺が苦笑するのに、マウンテンバイクを起こしながら、男性も同じような笑みを見せた。


「余所見はダメですよね。それにしても、──下に何かが埋まってそうな桜の木ですよね……」


そんな言葉を残して、マウンテンバイクの男性は去って行った。途中、もう一回桜の方を見て、もう一回転びそうになっていたのは見なかったことにしておこう。大丈夫か、あの人。


だけど──、この辺りって転倒事故多いんだよな……。特に、今の季節。自転車とか歩行者とか、よく転んでる。やっぱりあの桜に見惚れてしまうんだろうなぁ。で、足元がお留守になる、と。


見上げれば、曇り空の下、微かな風にも触れなば落ちんと花びらを揺らす桜の花は、あまりにも艶やかで妖しいほどに色めいて……


──美しさは、罪。


「って、桜が悪いんじゃなくて、余所見する人間の方が悪いよなぁ」


いくら綺麗だからって、それしか見てなかったんなら転んだってそりゃ自業自得だ。まあ、なんだ。この道が車の通り抜け出来ない道でよかったよ。自転車のよそ見運転も危ないけど、車だともっと危ない。


独り頷きながら、俺は探し人ならぬ探し猫の名前を呼ぶ。


「おーい、チャーちゃーん!」


どこ行ったんだ、チャーちゃん。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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