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鏡の中の萩の枝 10

前回の更新が四月下旬……。

お待たせしてすみません。実は、家の年寄りが転んで腰を打ってしまい、仕事に介護にバタバタしております。お話は終盤を迎えておりますので、完結に向け、少しずつでも書き続けていきます。

よろしくお願いします。

「何でも屋さん、それ、そんなに怖いものじゃないんですよ」


見かねたように、真久部さんが口を出してきた。


「伯父の友人の作家さんとあの鏡の相性が良くて──そうですよね、伯父さん」


怖がっている俺を気遣う甥の様子をニヤニヤしながら眺めつつ、伯父さんは頷く。


「そうだとも。相性が良かった。だからこそ彼らは出会ったのさ。友人はちっとも気づいていなかったけれど、あの鏡は人の思念を受けて輝きを増す性質のある鏡だった。といっても、自己主張の激しいギラギラしているようなのとは違いますよ? 奥ゆかしく、深みのある、いぶし銀のような輝きだ」


ああいうのとは違ってね、と、店の道具の中でひときわねっとりした輝き(?)を感じて、俺が苦手に思っている切子細工のぐい飲みを指さしてみせる。


「この鏡は他の()()()()()道具たちとは違って、いつか竜に成りたい──とは思っていない。何故なら、己が己であることに満足しているからさ。竜に成らずとも、アレは内に宇宙を飼っている」


そんな道具は他に無い、と目を細める。


「鏡の中の萩の枝──こんな道具を、私は今まで見たことがありませんよ。花が咲き、また花が咲き、枯れては伸びてまた伸びて、絡み合って渦を巻く。友人の中から生まれた世界だ。この鏡があるかぎり、その思考実験は繰り返される。本人はもういないけれど、彼が意図せず水を遣り、肥料を与えた小さな萩は残ってそこで生長していく。盛衰を繰り返しつつ、萩の世界は豊かになっていく」


残留思念というやつかねぇ、と考え込むようにしながら伯父さんは独りうなずいている。


「ああ、呪物といってもこの鏡に害はないよ、ただ輝きが深まるだけだ。友人が買ったばかりの頃は育っていなかった**が、今は立派に育っている。──簡単に盗まれたり、雑に扱われて傷つけられたりはもうしないだろう。我楽多に囲まれて日も当たらない物置に突っ込まれていたときは、退屈で仕方なかったと、そう()()()()()()()()


古道具(萩の鏡)から聞いたという話をニヤニヤしながら教えてくれてるけど、俺は別のことに考えを取られていた。


……温かくて小さな水たまりの中に──


ああ、続きは何だっただろう? 冒頭しか思い出せないけれど、あの、詩のように美しい言葉は、生命の起源の一説だった。


原始の地球。有機物以外のあらゆる物質を溶け込ませた水たまり。そこには全てが揃っていた。ただ、きっかけが有りさえすれば良かった。


ある時ついにそれが訪れて、無機物たちに何かが起こる。引き合い引かれ合い何かを形作り、その何かは己と似たものを作り始め、それがいくつも増えていく──。


……萩があった。資質があった。それ以上に育つことはできず、ただ在るだけだった。待つともなく、何かを待っていた。


そこに伯父さんのご友人が通りかかった。SF作家である彼はいつものように頭の中で思考実験を繰り返していた。そして無意識に引かれて<萩>を手に取った。


そのとき、何かが起こったんだ。


<IF>を広げるための場を必要としていた作家と。

用意の出来ていた<萩>と。


互いに呼応し合う。自覚がなくとも。それを、運命の出会いというのだろう。


彼らが創り上げたたくさんのたくさんの宇宙。それは鏡の向こう側にあって、こちらの世界と触れ合うことはない。ただ、彼だけがその間に立ち、脳内で二つの世界を繋ぎながら思考を続け、小説としてこちらの世界に送り出していた。


作家がいなくなり、世界と世界の接続が途切れる。


それでも、鏡の向こうで萩の生長は止まらない。こちらの世界の宇宙が膨張を続けているように、萩の世界も生長を続ける。


それは作家の<残留思念>、なんだろうか? 真久部の伯父さんはそう思っているようだけど……。


「豊かな萩の世界からこちらに落っこちた“鳥居”は、例えるなら、エデンの園から知らずに迷い出て、帰り道のわからなくなったアダムのようなものだ」


生命発生の模倣プログラム──条件を設定してスタートさせると、勝手に進化したり分岐したり生存競争を繰り広げ始める──を思い出していると、伯父さんが続けていた。


「そのアダムがこちらの世界でこちらのイブを見つければ、また新しい世界が出来てしまう──。調整役(友人)がいないのに、あっちの世界がこっちの世界にはみ出して、混ざったりすると困るんですよ。鏡はこちら側では小さな窓だ、雪崩込み、行き来する世界と世界のあいだで割れてしまう。だから戻さなければならなかった、元の世界、鏡の中へ」


萩の枝が、鏡の世界から突き出して伸びてくる、と危惧を語るその顔は笑ってる。それはそれで面白いことなんだけどなぁ、などと呟いて、甥っ子に睨まれたりしてるけど、気にもしていない。


「どうです? 何でも屋さん。想像してみてくださいよ、この鏡が、あの現実の鳥居家の庭の萩の植木鉢みたいになったらと思うと、面白くないですか?」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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