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鏡の中の萩の枝 1

お月見の頃に書き始めたのです…。


ブックマーク、ポイント、いいね! をありがとうございます。とても励まされます。

それは、その()の雑草だらけの庭に居た(・・)|──。


どうしてこんなになるまで放っておいたんだ……!

ついつい叫ぶ。心で叫ぶ。俺は思わず、横に立ってる鳥居さんの顔を仰ぎ見た。この人、背が高いんだ。


「び、びっくりしますよね」


そんな俺に、気弱そうな背中をさらに丸め、鳥居さんはなんとも情けない顔をする。


「どうしたらいいでしょう?」


何でも屋さんならアドバイスもらえるかと思って、と縋るようにされる。今日は頼まれてここに来たけど、でも。俺、園芸の専門家じゃないし──。


「先週、お向かいの飯島さんちの庭木、剪定してましたよね?」


「いや、でも……」


頼まれれば、植木屋さんの真似事もするよ? 俺、何でも屋だし。高枝切りばさみだってそれなりに使いこなしてるさ。だけど、きっと植木の大事なこと何も知らない。


「……」


「……」


物体(・・)の前で、ふたり、しばし無言。そう、物体だ。これをただの萩の鉢植えと、俺は呼びたくない。


だって、爆発してるんだよ、萩が。何を言ってるかわかんないだろうけど、俺は今見たことそのまま話してる。誰だってこんな小っちゃい植木鉢から、夜空の花火みたいに枝がわさわさ突き出してるのを見たら、爆発してるっていうよ。


斜めになったプラスティック鉢から、今にもふんっ、と脚を引き抜いて、長く伸びたその枝をバッサバッサと振り乱し、暴れ出しそう。どこかの三又植物のように、人間を襲いそう。The Day of the Triffids、じゃなくて、ザ・デイ・オブ・ザ・ 萩。


昨夜、緑色の流星雨なんか流れたっけ……なんて、ウィンダムの『トリフィド時代』を読んだことのある人にしかわからないことを考えていると、鳥居さんがまた「どうしたらいいと思います?」とたずねてきたから我に返った。フィクションの怪奇植物のことを思い出したりして、俺、逃避してたらしい。


「うーん……嫌なら、根っこから切ってしまえばいいと思いますけど……」


かわいそうだけどさ。


「嫌ってわけじゃないんです。ただ、こうなってしまうと、何をどうしていいやら」


花も咲いているし、と鳥居さんは困ったように言う。


「ああ、まあ……お月見の季節ですし、風情はありますよね──」


赤紫の可憐な花が細かく枝を飾っているさまは、とても秋らしくて良い。普通に地植えにしてあったら、こんな、ひっくり返ったびっくり箱みたいなことになってなかったんだろうなぁ。今の状態は、枝ぶりに無理があるというか。


「一昨年、気まぐれに買ったときには、枝が一本くらいのひょろっとした株だったんです。後でちゃんとした植木鉢に植え替えようと思ってたのに、すっかり忘れてて」


というか、仕事が忙しくて、そんな心の余裕がなくて、と鳥居さんは続ける。


「去年のぞいたときは、ちょっと枝が増えたかな、程度だったんです。もっと大きな鉢を買ってきたら植え替えよう、それなら土も買わなくちゃ、なんて思うとハードルが上がって、ただ思ってるだけで時間が過ぎて──去年もだけど、今年は暑すぎて、雨戸を開ける気にもなれなくて、いつまで経っても暑いし……久しぶりに庭を見たら、これです」


水も遣ってなかったのに、と鳥居さんは弱々しく溜息をつく。


「帰ってくるの、いつも夜遅かったし、休みの日は寝て過ごすしで、本当に気づかなかったんです。自分ちの庭なのに」


「……そういうこともありますよね」


心に余裕がないと、見えてるはずのものも見えてなかったりするもんな──。うん、俺も知ってる。


「こんなことなら、独身なのに家なんて建てなけりゃよかったな」


呟くように、鳥居さん。


「働いてばかりで、趣味も無いし、お金は貯まるけど、ただそれだけで、虚しくなってきて……そんなとき、同僚が家を建てるって聞いて、すごく楽しそうで。あ、僕も家建てよう、なんて安易に考えたのがいけなかった」


庭の手入れだってする余裕無いのに、同僚の奥さんのガーデニングの話が楽しそうで、ついその気になって土を入れてもらったりして、と肩を落とす。


「私生活が行き当たりばったりなんですよね。仕事ではそんなことないんですけど」


「……」


日々の憂さ晴らしは人それぞれだ。コンビニでお高いアイスを買うのがやめられないとか、ついついブランド品を買ってしまうとか、うっかり百均で豪遊して、後から落ち込むまでセットとか──。鳥居さんの場合は、どーんと家一軒だったんだな。


「でもほら、行き当たりばったりにしろ、家は財産なんですし。ほら、生活音とか、あんまり気にしなくてもいいじゃないですか」


「そうですね……夜中に掃除機かけたり、洗濯したりはできますね」


掃除機かけるのが、趣味といえば趣味なのかも、と気弱に笑う。


「いいじゃないですか、掃除機! 埃も取れるし、きれいになるし。好きなときに好きなだけ好きなことできるって、あんまり無いですよ!」


「そ、そうでしょうか……」


「そうですよ! 有るものを楽しみましょうよ。そうですよ、この萩も、こんなの他所に無いじゃないですか。ちょっとスマホで写真でも撮って、その同僚さんに見せてみたらどうですか? 珍しがられると思いますよ」


「有るものを楽しむ……」


俺の、元気を出してほしくて苦し紛れに言った言葉を、噛み締めるように鳥居さんは繰り返した。


「楽しむって、こんな簡単なことでいいのかな……」


「いいに決まってますよ!」


何故か難しい顔をしている鳥居さんに、俺は一所懸命うなずいてみせる。そんな俺を、どこか遠い目で見、また萩に視線を移しながら、鳥居さんは話し始めた。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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