慈恩堂の出戻り対策 3月1日。 後編
整理整頓のため、「何でも屋の<俺>の四季」からこちらに移します。元のタイトルは「ある日の<俺> 3月1日。慈恩堂の出戻り戦略 後編」です。全く同じ話なので、既読の方はスルーしてください。
その<あること>というのは、「文机の上に原稿用紙を置く」というものらしかった。真っ白な新品の原稿用紙の表紙をめくり、今すぐ書き始めることが出来るようにしておくのがポイント? だという。
「もちろん万年筆も添えて。インク壷を使うタイプのをね」
「・・・それが、<基本>?」
「そうです。基本です。文机といえば、書き物。書き物するのは小説家。小説家が一番怖いもの、それは真っ白な原稿用紙!」
右手をぐっ!と握り、力強く語り上げる店主。
いや、書き物は小説に限ったことではないのでは? 手紙とか、家計簿とか・・・別にいいけどね。
「いやあ、どうして今までこんな簡単なことに気づかなかったんでしょうね。もっと早くに気づいていれば、あの文机もこんなに長い間彷徨うことがなかったものを」
ほう、と息をつき、しばし瞑目する店主。その胸には色々《・・》なことが去来しているようだが、絶対聞きたくない。
「とにかく、そんなわけで戻ってくることはないでしょう。そのうち諦めるでしょうしね」
誰が? とは思ったが、それは危険だと本能が囁くので聞かない。だから、俺は別のことを訊ねた。
「でも、そんなもん置いてたら、せっかくの文机が使えないんじゃ?」
「そこのところは問題ないです。古い町屋に改装したカフェの、ディスプレイとして置かれているだけなので」
そうですか、良かったですね~とにっこり微笑み、俺は何事もなく棚卸作業に戻ることにした。社会人にスルースキルは必須だ。多少引き攣ってたかもしれないが。
その後。
──件のカフェでは、時折、「うわあああ真っ白、真っ白怖い!」「ツンドラ、ツンドラ、真っ白ツンドラ空白地帯! ぐぅぅぅ・・・」などと呻く声が聞こえることがあるという。そんな時は、万年筆のインクを入れ替え、原稿用紙を改めて一枚めくっておくと、不思議なことに治まるのだそうだ。
・・・
・・・
てな、怪談もどきな噂話を聞いたけど、俺は知らない。何にも知らない。慈恩堂店主に問い質したりなんか、絶対しない。嬉々として話してくれそうだけど・・・、俺は平穏な日常ってやつを愛してるんだ!
自分用メモ。
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