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・お茶請け・ 彼岸花の向こうに おまけ 1

おまけは2で終わる、はず…。

「執着していると、物事、却って上手くいかないものですよ」


機嫌の良い猫のように目を細め、真久部さんが言う。


古美術雑貨取扱店慈恩堂の店内は、いつもと変わらぬ独特な雰囲気に満ちて、急須と茶壷がてらてらといぶし銀の鈍い輝きを競い、陶器の大黒様がこれ見よがしに小槌を振り上げれば、木彫りの恵比須様が釣り竿と釣果を見せびらかせ、お調子者の古時計たちはいつものようにてんでに時を刻んで──。



  ……ッチッ…………チ………………チ……

   …………ッ…………

  ツ…………チッ……ツチッ……ツ…………チッ……

   ヂー……ヂヂ…………

  


……今日の古時計たちは、何だか元気が無い。よくわからないけど、俺が来る前に何かあったらしい。


気にしたくないのに彼らが気になる俺の、微妙な表情に気づいているのか、いないのか、いつもの帳場横の畳エリア、ちゃぶ台の前から一番近い古時計をじっと見つめながら、真久部さんは続ける。


「たとえば、時計も同じだよ。時を刻む事に執着しすぎる時計などは、周りを見ずに(・・・)自分勝手な時を創り出しがちだ。また、そういうのに感化されるのがいたりして、一時、相乗効果で店の時間が酷いことに──ああ、」


せっかくだから、この話聞きます? とたずねられ、俺は慌てて首を横に振る。頼まれて店番の仕事しに来ただけなのに、聞きたくなんかないよ、怪しい古道具屋における、怪しい時計たちの店内限定時間革命未遂なんて。


断固拒否の俺の姿勢に、一応つまらなさそうな顔をしてみせてから、怪しい店の怪しい店主は、何事もなかったかのようにさっきの話に戻る。


「何でも屋さんがご両親に会えたのは、執着してはいないからでしょう。運も良かったのかもしれないね」


「執着……」


今でも会いたいと思うけど、それはまた違う感情なのかな。たずねてみると、真久部さんは「感情の処理の問題だと思いますよ」と、わかるようでわからない返事を返してきた。


「阿加井さんは、あの世の影であり、この世の影だって──」


何でこんな話になっているかというと、このあいだのあの出来事について、俺が真久部さんに訊ねてみたからなんだ。彼岸花の見せた夢のような、あれは一体何だったのかって。やっぱり、どうしても気になるし──、阿加井さんちの仕事を紹介してくれた真久部さんなら、何か知ってるかと思ってさ。


「影ですか」


照明が暗いわけでもないのに、薄暗いというか、仄明るいというか、そんな店内の、いたるところに古い道具たちの影が落ちている。その一部が形を変えようとしているような、眩暈のような錯覚を起こしかけていると、店主がちらりとそちらに眼をくれて、影はぴたりと動かなくなる。


「影には必ず本体がある──。ご両親が確かにこの世に生きていらしたということだよ、何でも屋さん。あなたという息子が存在するんだから、それが一番確かなことだけど」


「……つまり、元から存在しないならば、あの世にもこの世にも影が無い、っていうことですか?」


何となく聞いてしまう。


「そういうことだねぇ。──存在という言葉の定義によるけれど」


にっこりと、古猫の笑み。胡散臭い。どういう意味ですか、と俺がたずねることを期待してるみたいだけど、俺は乗らない。だって話がややこしく──。


「まあ、そこらへんを突くとややこしいから、今日のところは止めておきますよ」


珍しくそんなことを言いながら、新しいお茶と、お菓子を勧めてくれる。今日のお茶請けは大きなリーフパイ。美味しそうだけど、彼岸花の件が気になって、あんまり食べる気がしない──。そんな俺に読めない笑みを向けつつ、止めておく理由を教えてくれる。


「何でも屋さん、まだお悩みのようだから。でも、あまり気にしないほうがいいですよ。あの阿加井家の彼岸花は特別なんだよ。何でも屋さんも、彼岸花が救荒植物だということを知っているでしょう?」


きゅうこう……? 急行とか、休耕じゃなくて、えっと──。


「飢饉のとき、食べるものがなくて藁をもつかむ気持ちで手を出すという、有毒なやつのことでしたっけ」


「そうそう。地面の下の球根を掘り出し、擂って潰して、水に晒して毒を抜いて──通常の何倍も手間を掛けないと、口に入れることのできない本当の非常食。彼岸花の根は球根というか、百合根のような、玉葱のような、そんな形をしているそうだよ。毒があろうと、食べられそうには見えるんでしょうね」


僕も見たことはありませんがね、と真久部さんは言う。


「飢饉や食糧不足のときにしか出番の無いものだから、現代の僕たちが見ずにいられるのは幸せなことなんでしょう。旱魃や冷害、水害、地震、地震による水源移動……かつては色々あったようです」


「……」


現代でも台風や大雨で酷い災害が起こるんだから、もっと昔はもっと酷かっただろうなぁ……。


「阿加井家は、昭和初期まではあのあたり一帯の大地主だったそうで、代々の当主は災害が起こるたび、被災した村の人たちのために様々な対策を行ったとか。災害が起こると、一番に困るのは食料。そのために年貢を納めた後の残りの米や、その他雑穀、芋、豆などを備蓄してはいたけれど、それすら尽きることがある──。そういうときの備えとしての、庭の彼岸花だったそうです。備えというか、ただ生えるままに放置していたというか……他の作物が不作のときでも彼岸花は変わらず生えてくるから、飢饉に対する最終防衛ラインのようなものだったんだろうね」

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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