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・お茶請け・ 彼岸花の向こうに 4 終

「死んでまでうじうじして……! だけど……、そんなあなただからこそ、わたくし支えてあげたかったの! すぐに黙ってしまうのは、思慮深いからだって、わたくし知っていたもの。そんなあなたに──」


いつも、つい考えなしに振る舞ってしまう、わたくしを捕まえていてほしかった──そう続けた彼女の瞳が潤み、ついに涙が一筋こぼれ落ちる。


「……優秀だった兄さんが死んでから、この阿加井の家を守っていくために、俺がどれだけ苦労をしたか。──俺は勉強の出来ない、只の阿呆だった。出来の良い兄と比べられて苦しくて……だから何も知らないふりをして、強がっていただけなのに……」


「『優秀だったのは、きみのほうだよ、克彦。私は、ただ優等生だっただけさ。きみは何でもできるはずなのに、やらなかったのは見てて歯痒かった。──私は馬鹿だよ、あの時、あなたは私の名前を呼んでくれたんですね。ああ、私は……。──私は、そろそろ戻らなくては。静謐で、何も無い、……ただ、赤いこの花だけが揺れている……』」


「敦彦さん!」


「兄さん!」


二人の必死な声。

あれ、俺、どうしてたんだろう……?



「名前、一字違いなんですね」



ふっと声が出た。あつひこ、と、かつひこ。頭にKが付くか付かないか。って、あれ?


「俺、阿加井さんの名前、知ってましたっけ……?」


我ながら、間の抜けた声だったと思う。二人は、虚を衝かれたような顔をしていたけど。







少し身体を休めていきなさい、と勧められ、もう一杯お茶をいただくことになった。


俺、途中から頭がぼーっとしてあんまり覚えてないんだけど、知らないあいだに何かしゃべってたらしい。二人とも、笑って教えてくれなかったけど、俺何言ったんだろ? 悪いことではないらしいけど……。


阿加井さんも、老婦人も、どこか吹っ切れたような顔をしていた。老いてなお美しい彼女の目元が、泣いたらしく赤くなっているのが気になったけど──、二人も俺と同じように、あの彼岸花の向こうに、懐かしい人の姿を見たんだろうか。


そんなことを考えていると、あの人、案外そそっかしかったのね、そう言って彼女は空を見上げ、口元にほろ苦いような笑みを浮かべた。


「ここに来るのは、今年で最後にしようと思っていたのだけど……でも、来年も来ることにしました。──生きていれば、ですけれど」


ふふ、と笑う声は、少女のよう。そんな彼女に阿加井さんは、お茶を立てているその所作と同じくらい、自然な口調で応じた。


「きっとあなたは長生きするでしょう。兄は、まだあなたに会いたくないに違いない。何故なら、今日、人様の口を借りて兄の語ったことは、きっと本人にとっては恥ずかしいことでしょうから──」


人様の口? もしかして……なんて俺が怖い想像をしかけていると、それにしても、と阿加井さんが続けるから、積極的にそちらに意識を向けることにした。


「我が兄ながら、無口で、何を考えているのかよくわからない人でした。良く言えば物静か、有体に言えば陰気。それなのに目が離せない、どこか不思議な魅力があった──。思えば、兄はこの花に似ていたのかもしれない。陰気なくせに人の目を引かずにはおかない、この彼岸花に……」


ふわり、と赤い花たちが揺れる。長くなってきた影も揺らせて、あるともないともいえないほどの風を受け、さわさわと、遥かに続く海のよう。傾いてきた午後の日差しが、山の端にかかる。するとこの阿加井の庭に西日が当たって、彼岸花が赤みを帯びた金色に輝いた。


父さん、母さん。

二人とも、あのきれいなところにいるのかな。静かで何もないけど、彼岸花の美しい──。


父も母も、穏やかな顔をしていた。

弟は……。


弟は、この庭のどこかに佇んで、彼岸花の彼方、その遠い向こうを静かに眺めているような気がするんだ。俺たち三人と同じように、美しく、それでいて、どこか翳りのある朱金の光に満たされて。

次、おまけがあります。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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