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疫喰い桜 6

短いです。

文字数を数え間違えてしまった…。

「いつの間に……」


桜の森から眼を離したのなんて、ほんの一分にも満たなかったと思う。だというのに、そこには多くの人影があった。だけど何だろう、花見の散策というより──あれって、歩いてるのかな? かといって、じっと立っているわけでもなく、なんかこう……蠢いてる?


じっと見ていると、桜以外のものの形が曖昧になってくる。うようよと蠢く影たちが、どうしてか砂糖にたかる蟻のようにも思えてきて、気味が悪い──。


「やれやれ、せっかくの桜が……ああ、そろそろ枯れるのが出てきたねぇ」


そんな言葉をどこか遠くに聞きながら、俺は眼を見開いたまま動けなかった。じわじわと、桜の木が枯れる。薄ピンクの綿あめが端から溶けていくように、じくじくと侵食されていく。


「あ、あれは、何ですか?」


上顎に張り付いたようになった舌を、なんとか動かして問うと。


「鬼だよ」


「え?」


「賽の河原に積まれた石を、崩しに来る鬼さね」


鬼……? でも、角があるわけでもなく、金棒を持っているわけでもなく。みんな普通にその辺にいる人と同じに見える……見えてた、つもりだったけど、ただ黒くてモヤモヤしてる、アレは、何?


「操られているのさ、あいつらは。報恩謝徳の桜を狙って」


「ほうおんしゃとくの桜?」


「ああ。ここに咲く花は、すべてがそうだよ。地蔵菩薩の恩に報いて、人の深い感謝の気持ちがこうして桜の木に成ったのだ。それからは、どこかで誰かが有り難いと思うたび、綺麗な花がひとつ咲くのさ。良い話だろう?」


「……」


意味が、よくわからない。例え話ではなさそうで、かといって本当のことだとすれば、この場所は一体……。


「始まりは、そう、幼くて死んだ子を思う親の願い、親を慕う子の願い。それはつまり死に戻しと死に戻り、叶わぬ願いに他ならない。娑婆に戻すも戻るもできぬで、願いに縛られ縛りあう。けれども、地蔵菩薩がいらっしゃる──」


 

 ひとつ積んでは父のため

 ふたつ積んでは母のため……

 

 なぜに我が子は死んだかと

 (むご)や哀れや不憫やと

 親の嘆きは汝らの

 責苦を受くる種となり……



頭の中に、いつかどこかで聞いたうたが浮かぶ。


「地蔵菩薩におすがりすれば、虚しい寂しい膠着状態が解け、互いに時間が動き出す。どちらも歩き出すことができる。親は日常へ、子は地蔵菩薩とともに冥途の旅へと」



 なにを嘆くか嬰児(みどりご)

 汝ら命短くて

 冥途の旅に来るなり……

 

 今日よりのちは我をこそ

 冥途の親と思うべし


 幼きものを御衣の

 袖や袂に抱きいれて

 哀れの給うぞありがたや……



「……!」


思い出した。さっき真久部の伯父さんが謡ってたのって、地蔵和讃の出だしだ。話し相手をしていると、よく小野のお婆ちゃんが謡ってくれるから、俺、ところどころ覚えてる。「これはこの世のことならず 賽の河原のものがたり──」ってことは、ここは。


「こ、ここっ、賽の河原……?」


まさか、ええ? 俺、生きてるよな? 


「いや、でも賽の河原って、ごろごろした石だらけのところなんじゃ……」


俺、生きてるし。……生きてるはず。


「昔はそうだったらしいがねぇ、いつの間にかこんなふうになっていたというよ。()()()が言っていた」


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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