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五月の雨と竜の鈴 10

「何でも屋さん!」


真久部さんの声で、我に返った。


「あ、ああ……」


何か言おうと思ったけど、何も言葉が出て来ない。俺はたぶん無意識に、深く考えないよう、詳しく思い出さないよう、記憶に薄い紗幕を掛けてたんだと思う。──がっつり蓋をすると今度はその蓋が気になって、却って意識してしまうからかもしれない。


その、ふわっと薄暗い垂れ幕の隙間から、化け物尼のあの異様な白目がギロリと覗いているようで、嫌な動悸が止まってくれない。


「──すみません、思い出させてしまったんですね」


申しわけなさそうに表情を曇らせて、真久部さんが言う。「何でも屋さんの強みは、怪異をさらっとスルーして、何も無かったことにしてしまえる能天気なところなのに」とか、よく考えると失礼なことをそれでも痛ましそうに呟きつつ、顔が真っ青ですよ、と気遣ってくる。


「……」


心の底に押し込めた恐怖。そのうち薄れていくはずの。だけど、今はまだその恐怖は鮮明で、記憶の表面に張った忘却という日にち薬の薄皮が破れれば、あのときの感情がどろりと溢れ出す。心の防衛反応か、ふだん思い出すのは<記憶>だけだけど、その<記憶>から切り離したはずの<感情>を伴ったとき、背中が寒くなるとか通り越して、頭の中がフリーズする。


「……五十川さんもこんな気持ちだったのかなぁ」


フリーズしたまま、まだ逃避したくて、そんなことを呟いていた。


「俺から、尼入道の話を聞いたとき。子供の頃聞かされて、ものすごく怖かった御伽噺が、実はノンフィクションだったとか知ってしまったら、ショックかも……」


遠い昔、とっくに忘れたはずの幼い記憶の向こうから、そのときの<感情>が、今の俺みたいにぶわっと──。そりゃ一気に血圧下がって気を失いそうにもなるかも、と妙に納得してしまう。納得しつつも無意識に顔を擦ると、何だよ、えらく強張ってるじゃないか──。


「でも! 五十川さんお年寄りだし。しかも身体が弱ってらっしゃるところだから、ちょっとしたことがこたえるのはしょうがないと思うんですよ。だけど俺みたいに健康な成人男性が、終わったことをいつまでも怖がってるのは馬鹿みたいっていうか、情けないにもほどがあるっていうか、もっとこう、年齢なりの図太さを身につけないといけないかなー、なんてね。あはは」


そんな自分が恥ずかしくて、笑ってみせる。強がりみたいなことを言ってしまった自覚はあるけど。


「──何でも屋さんは、ちっとも情けなくなんてありませんよ」


真久部さんの思わぬ優しい声に、ふと背中の力が抜けた。


「……」


いつも怪しいはずの店主は、まるで小さい子供をあやすみたいな微笑みを浮かべてて、俺はなんとなくその顔をじっと見つめてしまった。やっぱり、今日はあんまり胡散臭くない──。そんなことを思ってる俺の心を知ってか知らずか、真久部さんは穏やかな顔のままでいる。


「普段の生活とは、まったくかけ離れたところでの話だからね、怖くて当たり前なんだよ。ほら、正体のわからないものって不気味じゃないですか? 行動の意味や理由がわからなかったりするのもねぇ。普通の、つまり人の世の常識で計れない存在というのは、恐ろしいものですよ。狂人を相手にするのと似たようなもので、……本当に、何が相手の気に障るかわからない」


実際、アレは人ではないものですしね、とさらっと続ける。


「世の中のほとんどの人が、そんな存在になど気づかず知らず、一生関わることもなく過ごします。自分に見える世界と背中合わせに重なり合った、鏡の向こうのその向こう……無限に同じ風景を繰り返しているかに見えて、実は少しずつ違う世界──ひとつ遠ざかるごとに、光の色が微妙に違っていくような、そういう世界、そういう存在には」


「……」


えっと、何ていったっけ、そういうの──。


パラレルワールド(並行世界)……?」


たずねてみると、真久部さんはゆるりと首を傾げる。


「さあ、並行(パラレル)なのか、垂直(シリアル)なのか、それは僕にもわかりません。僕も、見えるわけではないのでね──。ただ、知っているんだよ、この世とズレた世界があると」


「……」


こういう話は前にも聞いたことはあるけど、考えれば考えるほど、自分がいまどこに立っているのか曖昧になってきて、不安になる。


「でもね、そういうのは僕や、伯父みたいな人間に任せておけばいいんだよ。今回何でも屋さんにかかわらせてしまったのは、僕の落ち度です」


「でも……、こう言っては何ですけど、怖い思いをしたのは今回だけじゃないです、よ……?」


反省してる人を鞭打つようだけど、本当にそうなんだ。ある意味慣れっこ? ──慣れたくなかったけど、うん。だから今更そんなに悄気(しょげ)られても、なんか困るっていうか、居心地悪いっていうか、だいたいさぁ、慈恩堂の店内はいつも怖いし、コンキンさんも怖かったし……寄せ木細工のオルゴールの、あの逆恨みの血まみれ女も怖かった──。


「そう言われると耳が痛いですけどね」


真久部さんは苦笑する。


「でもね、そんなときでも何でも屋さんは、だいたい何らかの結界の中にいるのでねぇ」


仕事環境がまたもや激変してしまい、毎日アップアップしています。

休みの日は魂が抜けたように、ぼーっ……。


そうこうしているうちに、またもやモニタの三分の一強が捻らないネジリアメに占領されてしまい。これは何かの試練なのだろうか……。


そんなわけで今までに輪を掛けて不定期投稿になっていますが、ぼちぼち頑張ろうと思いますので、見捨てないでいてくだされば幸いです。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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