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五月の雨と竜の鈴 1

もう六月ですが……。

今度こそ短めに! と思いつつ、<前編>とかではなく、やっぱり数字。


※2019年7月20日推敲。2053文字→2061文字。話の流れに変化はありません。

  通りゃんせ 通りゃんせ

  ここはどこの細道じゃ

 

  天神様の細道じゃ


  ちょーっと通してくだしゃんせ


  御用の無い者通しゃせぬ

  

  この子の七つのお祝いに

  御札を納めにまいります

    

  行きはよいよい 帰りは怖い

  怖いながらも──


  









五月の空はぴっかぴか。

風爽やかに、緑が眩しい。


木漏れ日に眼をすがめながら、俺は背中のリュックを軽く揺すり上げた。頬をくすぐる風が気持ちよくて、何だか鼻歌でも歌いたい気分だ。


ここは国定公園に近い里山で、ハイキングに最適な歩きやすい道が通っている。実際、そっちのほうのルートにも繋がっているらしい。


そのわりに、麓の村からここまでのあいだ、誰にも行きあたらない。ちょっと不安になってきたけど、平成から令和にかけて最長十日の黄金週間も過ぎ、そろそろ浮かれた気分も落ち着く頃合い。こんな週日ど真ん中に、山歩きするような人間は──いるかもしれないが、そういう人はもっとメジャーなとこへ行くんだろうな。


あ、ウグイスの声。


 ホーケキョ 

  ケキョケキョ


笛の音みたい。とてものどかだ。


「……」


立ち止まって伸びをする。木の匂い、草の匂い、土の匂い。全てが絶妙に入り混じって、これぞ森林浴って感じ。バス停からけっこう歩いてるのに、ちょっと汗ばむくらいで暑くも寒くもなく、とても空気が美味い。見上げたイロハモミジの薄緑が、お日さまに透けて光にさざめく。それはまさに絵にも描けない美しさで、独り占めするのがもったいない気持ちになってしまう。


あー、娘のののかを連れてきてやりたいなぁ、なんて思いつつ、俺は再び歩き出す。蝶がひらひら、蜻蛉もつーいつい。木の緑に混じって雑多な下草が生えており、白っぽい花があちこちで咲いてる。たまにピンクの、黄色っぽいの。赤いヤマツツジの花だけはわかるかな。


えーっと、目的地まであとどれくらいだろう。んー、このまま道なりに歩いて、右側に現れる細道を曲がる、か。大きな石が目印で──。


「あれか……」


俺は手の中の地図と、実際の場所とを見比べた。手書きの地図には、「麓から四十分くらい歩くと、右手に大きな石が見えてくる(そのまま道を突っ切ると、別の山に入ってしまうため、行き過ぎ注意)。そこに細い道があるので曲がる。目的の神社までだいたい三十分」とある。


「石は草に埋もれてるかもしれないが、この時期ならその上に根を生やしたヤマツツジの花が咲いているだろうから、それも目印になる」──道の端だから元気に草が生い繁っていて、確かに石が隠れる勢い。


さらに、灰色の表面に走るひび割れに根を張ったたくましいヤマツツジの花が、スポットライトのように木漏れ日を浴びちゃって、そっちのほうが目が行ってしまう。こりゃ、下手すると見逃してしまうかも。


んー、だけど、そこだけ周囲から浮き上がって、なんだか花帽子みたいにも見えるから、やっぱりいい目印なのかもな。


石のところまで来ると、地図のとおり細い道が口を開けていた。今まで歩いてきた道と違い、降り積もった枯葉や小枝がちょっとした絨毯みたいになっている。そんなふうに聞いていたから、足元はきっちり登山仕様。この程度で滑って転んだりなんかしないさ!


──なんて、思ったのがフラグだったのかもしれない。


「わっ!」


足元、走り抜けていったの、リス? ヤマネ? 何だろう、イタチ? とにかく驚いた俺、思いっきり尻餅をついてしまった。それだけだから怪我とかしたわけじゃないけど、転んだ足のほうが傾斜が上。この状態から立ち上がるには、リュックが重い──。


一旦背中から降ろして、ようやっと立ち上がる。と。


 りりーん


おっと。預かったでっかい鈴、落としてしまった。ボタン付きポケットにきっちり仕舞っておいたんだけどなぁ。


ツツジ石(勝手に命名)の反対側、そっちにもあった小さめの石の前まで転がってた。尻を払いながら、拾おうと身をかがめて──。


「ひへっ!」


石に絡みつくように、小さな蛇。ちろちろとこれ見よがしに真っ赤な舌を出し入れしてるけど、怖くなんかないんだからね! 何故ならお前はカラスヘビ(たぶん)。こういうのはシマヘビの黒化したやつらしいから、毒蛇じゃない、はず。

 

草刈り仕事とかしてると蛇とコンニチハすることもあるから、まったく馴染みがないわけじゃないけど、手を伸ばしたその先で鎌首をもたげられたりしたら、そりゃ驚くって。って、俺は誰に言い訳をしてるんだ。


変な悲鳴、上げちゃったなぁ、と苦笑いしつつ、蛇を刺激しないようにそおっと手に持った小枝を伸ばし──鈴をこっちに転がして、すぐに拾ってポケットに納めた。きっちりとボタンを閉めて、と。


「じゃあな、黒いの!」


リュックを背負い直して石を見ると、黒い蛇はまだこっちを見ながら舌をチロチロさせている。なんか、見張ってるみたい──。


そんなわけないない。山で弱気になるのは禁物だ。道に迷ったわけでなし、心を強く持って、さあ、目的地の神社へ。


枯葉とかに覆われてるけど、昔のなんちゃって石畳が見え隠れしてるから、それに気をつけてさえいれば道を踏み外す心配はない、って地図にもメモ書きしてある。一本道らしいし。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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