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冬の金魚 66

「美味そうに飲むなぁ……」


何やら感心したような声。


「冷えたときの特効薬だそうですよ。以前そうおっしゃってました、とてもいい笑顔で」


何やら面白そうな声。


優雅に緑茶を嗜みながら、水無瀬さんと真久部さんが何か言ってる。でも、俺はしるこドリンクに夢中であんまり聞いてない。お茶を持ってきてくれた家政婦さんには辛うじて会釈だけしたけど、とにかくこの冷え冷えに冷え切った身体をあっためるのが先!


「……それで、本当にそんなものが見つかったというのかね」


お、小豆のつぶつぶみっけ。この、こし餡スープの中に申しわけ程度に混じってる、柔らかい粒がうれしいんだよなぁ。ちょっとした宝探し気分。


「ええ。伯父に相談してみたところ、とある筋からの情報でわりと簡単に。──実は、僕ももっと時間がかかるかと考えていたんですが、早く見つかったのは幸いでした。家神様の御座所をいつまでも割れたままにしておくのも忍びませんからね」


お、もひとつ小豆発見。マグカップに移してあると、わりと簡単に見つけられるなぁ。


「ああ……儂はまさかそんなことになっているとは知りもしなかった」


うん、俺も知らなかった。今まで缶のままでしか飲んだことなかったもん。つぶつぶの発見は舌先が頼りだったよ。


「例の事件以降は、橘の木に宿っていらっしゃるようですが、あそこは池も木も大切に手入れされているようなので、そこにご不満はないのでしょう。ただ、ご不自由だとは思います」


つぶつぶうれしいけど、あんまりたくさん入ってるとそれはそれで揺すらないと出て来ないから、缶のままだと不自由……。


「儂のことが原因で……申しわけない……」


わざわざこんなふうに温め直してもらって申しわけないなぁ。でも、お蔭で震えも止まって身体がほかほかに。ひとつぶも残さず飲み干すと、ほうっと満足の溜息が出る。


「仕方がありませんよ、水無瀬さんは幼かったのですし。それに、もう六十年以上も昔のことなんですから」


六十年前には、しるこドリンクなんてなかったんじゃないかな──。


……

……


ようやく我に返って二人のほうを見る。真久部さんは見慣れたいつもの胡散臭い笑みで、水無瀬さんはどこか困惑したような表情で。


「……」


俺がちゃお○ゅーるもらった猫よろしく濃厚な甘みにうっとりしてるあいだに、何の話だったんだろう? 


「ああ、何でも屋さん。なんとか落ち着いたみたいですね。顔色もよくなって」


さっきは血の気が感じられないくらい白かったですよ、と大袈裟に真久部さんは続ける。


「いや、あはは……。お蔭ですっかりあったまりました。ごちそうさまでした」


「甘いものの次は、緑茶がよろしかろう。さあ、そんなところに立ってないでこちらに座りなさい」


水無瀬さんが座卓に招いてくれる。真久部さんの隣、高級そうな絨毯風ホットカーペットの上にふっくら座布団が。


「あ、ありがとうございます……」


いつ、どこで見ても、焚きしめた香のようにほのかな怪しさをまとっている慈恩堂店主の隣にもぞもぞと座ると、にっこり微笑まれる。そっと目をそらすと水無瀬さんと目が合い、どうぞ、とお茶を勧められた。


趣味の好い湯呑み茶碗の、裏側の湯気のしずくをこぼさないように気をつけながら蓋を取ると、見ただけでわかる上質の玉露。その瑞々しい緑色が、口に残ったチープな甘みをさあ洗い流せとそそのかしてくる。


「……」


さすが、旧家の来客用に供されるお茶。菓子などのの甘さとはまた違う、かすかな渋みを伴う甘み。


「気に入ったかな? 慈恩堂さんから、何でも屋さんはなかなかお茶の味にはうるさいと聞いて、家政婦の山根さんが気合を入れて選んだ茶葉なんだが」


俺はまたうっとりしていたらしい。ダメだ、今日はぼーっとしてる……。


部屋の隅にはぶぉーんと石油ファンヒーター。中から外から暖かさに身体がすっかりほぐれたのはいいが、頭の中までほぐれきってしまったのかも。


「うるさいなんて、そんな。ただ、緑茶が一番好きかなって」


コーヒーも紅茶も、ハーブティーも一部を除けば何でも美味しいけど、やっぱり緑茶が一番だと思う。でも──。


「この季節、朝イチの白湯も好きです。俺、結局何でも美味しいんですよ」


自分でも思わず笑ってしまう。水無瀬さんも笑った。真久部さんは──微笑んでいる。何でも屋さんはそういう人ですよねぇ、って。そういう人って何だよ、と思ったけど言わない。何か恥ずかしいこと言われそうだし。


「えっと。さっきは真久部さんのお届け物の話をなさってたんですか?」


そうだと思うんだけど、違うのかな。聞き流してたからよくわからない。


「ああ」


水無瀬さんがうなずいた。良かった、正解だったみたい。


「あんたもだいたいの話を聞いてくれているらしいな。なら、うちの家神様の磐座だった柘榴石が割れていたということも知っていると思うが」


「はい……」


家神様は無理したらしいからなぁ……。


「慈恩堂さんは、代わりの磐座を用意するのが良いと。ただ、柘榴石なら何でもいいわけではなくて、水に馴染み、魚に馴染んだ石でないと難しいというんだよ」


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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