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冬の金魚 53

水無瀬父視点まだ続きます。

月夜にあって、蔵はさらに燐光を発している。全てのものが月光にくっきりとした黒い影を刻まれているのに、そこだけ浮き上がっているように見える。


相変わらず、気味の悪い蔵だ。ギシギシと只事ではない鳴り方なのに、その激しさとは裏腹、白い壁も屋根も微動だにしていない。


この蔵から、当主である父と跡継ぎである私以外の人間が物を持ち出すと、必ずこの家鳴りが起こる。だから何かを盗まれる心配はないと父は笑うが、扉に鍵を掛けないのはどういうことか。掛けておかないせいで、時折こんなことが起こる。


家で長く働いてくれている使用人は信用できるが、頼まれて人を預かっていると、たまにどうしてもこんなふうな不届き者が現れる。そうして、蔵が鳴ることになるのだ。


今、預かっているのは一人だけだが、この男はこれまで何度か預かって、必ず蔵を騒がせている。そのたびに実家に返すのだが、どうしてか父はこの穀潰しを預かることを止めない。明日は私も出征してこの家からいなくなるのだから、いい加減、もう二度と彼奴を預からないようにと父に強く言おう。


扉は大きく開いている。その奥は月の光も届かず真っ暗だ。いつものように中で腰を抜かしてへたり込んでいるであろう男を引き摺り出してくれると、私は途中で掴んできた懐中電灯をしっかり握り直す。


中に踏み込むと、いつもと違う感じがした。暗いはずなのに、どこか仄明るい気がする。小窓から漏れる月光のせいだろうか。


夜に蔵に踏み込むのは、初めてではない。彼奴以外にも、暗くなってから蔵に入り込む者はいた。家鳴りの最中でも、もう慣れてしまったはずなのだが。


月光のせいだけとは思えない奇妙な明るさに、少し戸惑いつつも懐中電灯の明かりを奥に向けようとして、私はギクリとした。闇に浮かび上がるように、そこに弟が立っているのが見えた。


弟を中心に、周囲がぼんやりと明るい。どこか水の底にいるかのようだ。目の錯覚か、魚が泳ぐような影までチラチラ見える。まさか! と思い、さらに凝視する。わが目を疑うことに、弟の前に赤い大きな金魚が浮いているのが見えた。弟と金魚は私には一瞥もくれず、何かを睨んでいるようだ。私も視線だけ動かしてそちらを見やる。


猫がいる。この世のものとは思えないほど大きな三毛猫が、身を膨らませるようにして、弟たちを威嚇している。


驚いて叫ぼうとしたが、声が出ない。いつの間にか、私は金縛りに遭っていた。


猫の化け物に、弟と金魚が襲われる寸前かと見えたが、どうやらそうではないようだ。猫が、だんだんと小さくなっていく。反対に金魚は少し大きくなった。つっ、と弟の前から動いたかと見ると、なんと、猫の周りをぐるぐると回り始めた。猫はさらに小さくなる。


終いに猫は動かなくなり、後には何か、そう、ただの招き猫が残った。


私の心は疑問でいっぱいだった。これは何だ。

コレは(・・・)()だ?


ひとつ溜息をつき、弟はこちらに向き直った。金魚もこちらを見た。現実では有り得ない光景に、私は自分が夢を見ているのではないかと疑った。


兄さん、と弟が言う。


これで紘太郎は大丈夫です。丈夫な子に育ちますよ、と。


どういうことかわからない。わからないが、微笑む弟の顔を見ていると、何故か安心できる気がした。周囲には十まで保つかどうかと危ぶまれるほど病弱に生まれた弟の甥、私の子だが、あの子は無事に大人になれるのだと。


弟はさらに言う。


紘太郎はちょっと良くないモノに好かれる質で、知らない間にこの猫にも狙われていましたが、家神様のお蔭で、そういうこともなくなります。


それはどういうことかと聞きたかったが、叶わなかった。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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