冬の金魚 42
短いです…。
つまんないところで悩んでしまって。
※2018年10月22日推敲。1440文字→1592文字 話の流れに変化はありません。
※2018年12月30日、ルビ修正。1595文字。
ってことは……。
「安全なはずの蔵で、呪いの招き猫が手ぐすね引いて待ち構えていたってことになりませんか……?」
俺の頭の中に、またひょっこりと猫耳老婆が現れた。今度は三毛のふさふさの猫耳で、来~いこっちゃ来~いと手招いている──。
「まさか、罠だったとか?」
口が耳まで裂けている化け猫老婆の、ニヤァっとした厭らしい笑い顔を無理やり頭の中から追い出して、俺は思いついたことを口に出してみる。
「わざと盗むように見せかけて、護りの金魚の棲む家宝を蔵に仕舞わせるようにしたんだとしたら……、けっこうな策士?」
その賢さをもっと違うところで使えばいいのに、と考えていると、返事が返ってくる。
「結果的にはね、そうなってしまったけど、本人はそこまで考えていたかどうか──」
「え?」
真久部さんは何だか微妙な表情を浮かべてる。
「そんな罠を張れるくらいなら、その彼もまた視える人だったということになりますけど──、僕は違うと思うなぁ」
「どうしてですか?」
何か、視えてそうなやり口だと思うんだけど。
「簡単なことです。──もし視えていたのなら、忍び込んだときに皿を割ってしまっていたでしょう」
「あ……」
「あれは水無瀬家代々の家宝ですからね。もし彼が視える人だったのなら、そこに出入りする“金魚”が実際に水無瀬家の人々を護っているのを、わからないはずはないんじゃない?」
「そ、そういえば、そうかも……」
過激だけど、でも、そのほうがわざわざ呪物を作るより早いかも。
「<白浪>のような人は、“欲しい”んですよ。その瞬間だけ。壊したいわけじゃない。だから家宝の皿に手を出そうとしたのだとしたら、やっぱり盗もうとしたんだよ」
なんというか──。
「見境がないんですね、“欲しい”に」
「そういうことです。彼が蔵に持ち込んだ呪物が招き猫の形をしていたのは、見た目が縁起物であり、そこにあってもおかしいと思われず、受け入れられやすいというのと、もうひとつ。水無瀬家の家紋は<魚>なんですよ。だから、その捕食者の形を選んだのだと僕は考えています。人の生活の近くで、魚を狙うといえば猫。猫は魚を好んで食べる──」
そういうイメージでしょう? と聞かれて、俺はうなずく。
「魚を水無瀬家に、招き猫をそのまま猫に見立てて、猫が魚を丸かじり。頭からバリバリと食べてしまう。そういった観点で作られた呪物だったんですよ」
──俺の頭の中に、またもや猫耳老婆が現れて、でっかい池の鯉を捕まえてニヤリと笑った。見せつけるようにその頭にガブッとかぶりつき、口元が鯉の血に染まって、真っ赤……。
ひー、ぶるぶるぶる。猫はカリカリでも食べておけよ! ──などと、俺が想像の化け猫に慄いているあいだも話は続く。
「まあ、なんというか、こじつけみたいなものだけど……そういうものなんですよ、呪術って。イメージが大切というかね。藁人形を人に見立てたりするのと同じです。紙でも、人形に切って名前を書けばその人の代用になるしね」
てるてる坊主だって、呪術の一種ですよ、と言う。
「効くか効かないかと聞かれたら、効かないんじゃないですか? と答えるし、普通はそうなんですが……病は気から、という言葉があるごとく、呪術にもそういう面があるみたいでねぇ。この商売をやっているとそういうのも無視できなくて……」
真久部さんは小さく溜息を吐いた。──まあ、いろいろあるんだろうな。聞きたくないけどな。
「道具と人の相性が良いと、気を増幅してくれることがあるんですよ。それが人を幸福にするような善いものであるならいいですが、逆の場合も往々にして……そう、招き猫の呪物と彼の相性が合わなければ良かったのに、本人が望んだ通りに作ったか、作られたかした道具だったせいか、気、というかイメージが強くて」
水無瀬家を害してやるという強い意志が、招き猫に発生したのだという。