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冬の金魚 32

少し短いです。

「ほら、デジタルのやつじゃなくて、アナログの、つまみを回して周波数を合わせるやつ。そこにも置いてますけど」


「ああ……」


俺は帳場の隅に鎮座している古いラジオを見た。店番のときも滅多に使わないから、その存在をすっかり忘れていた。──いや、ここ(慈恩堂)でスイッチ入れると何か変な電波拾いそうで、怖いんだって。


「上手く合うと音がクリアに聞こえるけど、合わないと雑音だらけだし、大きくなったり小さくなったりするでしょう」


そんな俺の慄きに気づくことなく、真久部さんは、あるいは遠くなったり、近くなったり、と続ける。


「僕はね、アリス症候群の正体はこれだと思ってるんですよ。産まれ出たこの世界で生きていくために、幼子は合う周波数帯を無意識に探っていて、その過程で認知が揺らぐ。目の前のものが唐突に大きさを変え、聞こえていた音が逃げたかと思えば追いかけてくるように感じたりする──」


「……」


「時折、違う世界と周波数が合うこともある。そちらの認識でこの世界を測ってしまい、大人にとっては大したものではないものが、とても怖いものに見えてしまう。あるいは全く別のものに」


「素で不思議な世界に住んでるんですね……」


子供って。


幼子・イン・ワンダーランド。それはきっと、枯れ尾花が幽霊よりもっと奇妙なものに見える世界だ。


「そんな頃に体験した、大人でも怖いような出来事が、幼かった水無瀬さんにはどんなふうに感じられたかと考えてみたら……そりゃトラウマになっても当然かも……」


怖かっただろうな。その大元の蔵になんか、お父さんに言われなくたって近づきたくないだろう──。そんなふうに独り納得していると、真久部さんが何ともいえない表情で唇の端を微妙に上げる。


「でも、水無瀬さんの場合、子供の頃に見た妙なものは、<アリス症候群>のせいだけじゃなかったんじゃないかと思うんですよ」


「え?」


「この世界と、ここではないどこかの世界との間で揺らいでいる幼い子供は、常に危険にさらされているとも言える──ある意味、存在が曖昧なんだよ。だから、ちょっとしたことで体調を崩したりするわけですが、その頃の水無瀬さんが病弱だったのには、どうやら他にも理由があったようでねぇ」


「理由……?」


生まれつき身体が弱かったことで、上手く周波数帯を合わせられなかった、とかじゃなくて?


「ほら、あの新入り招き猫」


「……!」


ひょいと真久部さんが、俺が見ないようにしていた招き猫エリアを指差すから、つい肩が跳ねてしまう。


「そう怖がらなくても──やっぱり気づいてたんですねぇ、何でも屋さん。そうです、あれは水無瀬さんときみの二人が蔵で見つけたあの長持の中に、入っていたというか封印されていたものです」


にーっこりと怪しい猫の笑み。思わず後ずさろうとしたけど、コタツから出た膝が寒くてまた戻ってしまう。


「……ふ、封印って。そりゃ元は御札が貼ってあったみたいですけど──」


ひゅる~んと吹き込んできた風に、かさかさはためいていたあの御札。ぼろぼろだったそれが風にひるがえり、捲れ上がった瞬間、引っ張られるように被せ蓋がずれて……そんなもんが、どうしてここにあるんだろう──? なんてこと、考えちゃいけないと思ったから、意識の外に放り出してたのに……。


見つけたことしか覚えてないから、何があったってわけでもない。だけど、今思い出してもあれは薄気味悪い出来事で……。


「あの招き猫を調べてみたんですけど、どうやらあれは呪物で、ターゲットは水無瀬さんだったみたいです」


「え?」


俺は思わず件の招き猫を正視してしまった。──初めて見たときよりは、どことなく艶が薄れたような気もする。怪しいといえば怪しいけど、普通の招き猫だ。──その隣で半分眠りつつも、俺に小判をアピールするのを忘れないアイツに比べれば。当社比ならぬ、慈恩堂比で。


「……」


さっと視線を外して真久部さんを見ると、ニッっと微笑まれてしまった。う、怖い。


「過去形ってことは、その……もう大丈夫なんですか、水無瀬さんは」


「もちろんです。今はもう、何の心配もありませんよ」


その言葉を聞いて、俺は思わず安堵の溜息を吐いていた。呪物っていうと……ついいろいろと思い出し……。いや、ダメだ、俺! 怪しい新規客にくっつけられた呪いの糸のことなんか、記憶の引き出しに仕舞いこんで忘れてしまえ!


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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